なくしたモノ

 後ろをついて来たはずの足音が止まる。


「あれー? どこやったかなー」


 俺は振り返る。


「またかよ。ミホってばやたらモノなくすよなぁ」


「何よその言い方。フミくんだってモノなくすくらいあんでしょ? ちょっとは探すの手伝うとかそーゆーのないの?」


 いや、あるけどさ。お前ほどすごかねーよ……とは口に出さずにぐっと呑み込む。


「それ探すのってさ、店に入ってからじゃ遅いの?」


「んー、なんか思い出しちゃったっていうか」


 ミホの手をつかんで引っ張る。今度は大人しくついて来る。

 出かけたときにミホが何か探しモノするの、化粧やトイレの回数足したよりも多い。なんでそんなに見つからないんだってカバンの中を何度か見せてもらったけど、信じられないようなものが入っているんだよな。アイスの当たり棒とか、中学の時の校章とか、何を焼いたのか分からないDVDは剥きだしで、あとは黒ひげの海賊が飛び出るアレに刺す玩具の剣とか。もちろん、食べ物とかお泊まり着替えとか絆創膏とかゴムとか化粧道具とか、比較的スタンダードなものは当然のように入っている。いつ遭難しても大丈夫なように、というのが理由らしいけれど……それにしても、だよな。


 最近はもう俺もゲームとして割り切って、ミホの代わりに探すことがある。所有者本人が見つけられないのに、俺が探すと一発で見つけられることもある。なんでだよ。どんだけフシアナなんだよ。

 店に入り、席についてもまだ、探している。


「探してやろうか?」


「いい。これは……自分で見つけないと」


 ん?

 なんか、遠い昔、似たようなやりとりがあったな……唐突に、ガキの頃を思い出す。


 あれは確か小学校の三年か四年のときだ。その日、俺は日直で、理科で使う教材費をクラス分集めて回ったんだ。それを職員室に届けに行く途中、なくしちまった。

 教材費が入った袋はランドセルに入れて、そのランドセルを下駄箱のとこに置いて、ほんのちょっと目を離した隙に。いや、俺が悪いのはわかっている。ただ、あの頃の俺にとっては職員室よりも校庭に迷い込んできた猫の方がはるかに重要だったんだろうな。

 ランドセルまで戻ったとき、フタが開いていたのが気になって中を見たら金の入った封筒がなくなっていた。まあ誰かの悪戯だろうと俺は軽く考え教室に戻って皆に頼んだ。隠した奴、返してくれよ、と。だが全員知らないとか言い張りやがる。女子なんか先生に告げ口しようとしやがって……。


「いいぜ。絶対見つけてやるからよ!」


 そう宣言して教室を飛び出したものの、下駄箱のあたりはさっきと変わらず何もない。マジかよ、って五十回くらい言ってた俺に声をかけてきたのがフジイだった。

 その日の日直の、女子のほう。でも、それまでは会話したこともない。黒板に名前が書いてなかったら、名前だってすっとは出てこなかったフジイ。


「ね、一緒に探してあげるよ」


 女子に助けてもらうってことが、当時の俺にとってはとにかくカッコ悪いことに感じられた。


「いいよ。自分で探すってば」


 そしたらフジイは笑ったんだ。バカにする笑いじゃなくて、なんかこう「笑顔」ってやつ?


「じゃあ、おまじない、教えてあげる」


「おまじない?」


 フジイは自分のノートに何かをささっと書くと、ビリっと破いて俺に手渡した。


『マサシ エガノモ セウ イガネオ』


 そこには、そう書かれていた。


「それをね、三回唱えると、妖怪ウセモノガエシが、なくしものを一つだけ持ってきてくれるんだって」


「それってさ。なくしものを一つ持ってきてくれる代わりに、何か持ってかれたりしないの?」


 こういう都市伝説には大抵ウラがあるものだから。


「出て来た時は、何かを持ってゆくらしいけれど……モノじゃあないみたいなんだよね」


「へー。じゃあ、出て来なかった時は何も持ってかれないんだな? そしたらやった方がいいじゃん」


 その当時の俺はバカだった。勢いにまかせて俺は、深く考えもせずに、おまじないを三回唱えた。

 その後、驚くことに、お金の入った封筒は出て来たんだよね。教科書の間に栞みたいに挟まってた。これ、俺の探し方が悪かっただけで、そもそも無くなってはなかったんじゃないか、なんてフジイと一緒に笑ったっけ。


 俺はその日、生まれて初めて、女子と一緒に下校する、なんていう体験をした。


 それからすぐにフジイは転校しちゃって……最初で最後の体験だったかも……ああ、なんか懐かしい。


「ね、やっぱり、フミくんに探してもらおうかなぁ」


 ミホが上目遣いにこちらを見ている。しかも胸元を少し開け気味にして……お願いするためのサービス? うん、そういうのは大歓迎。

 ミホからカバンを受け取ろうとしたとき、俺はひらめいたんだよね。


「なあ、ミホ。ちょっとこの呪文、三回唱えてみてよ」


 そう言いながら、俺はスマホを開き、あの呪文を書き込むとミホへと送る。


「なにこれ……三回でいいの? えっと……マサシって誰?」


「誰でもねぇよ。とにかく三回言ってみろって」


 ミホは眉間にシワ寄せながらもあの呪文を三回唱える。


「言ったよ。で、これナニ?」


「まあ、騙されたと思ってもう一回探してみろよ」


「もーお。自分で言うのもなんだけど、時間の無駄な気がする」


「ほんとそれ。でも自分で言うかね……で、何探してんだよ」


「えっとねぇ、言ったら怒るかもなぁ」


 ……ということは、こないだ失くして、ケンカの原因になって、結局もう一回買ってやったペアリングか? さすがにもう買わねぇからな……いや、まさかな。あれからまだ一週間も経ってねぇし。


「つーか、今気付いたけど。ミホってばカバンの中探すとき、どこ見てんの?」


「んー? 見てない。指先の感覚で探してるの」


「マジか」


「ねぇ、もしかしてさっきのやつさ、三回じゃなくて十回クイズだったりする?」


「は?」


 ミホはいきなりあの呪文を再び繰り返しはじめた。四回目、五回目、六回目。そしてぶるりと震える。


「なんか今、すっごい寒気した」


 その時だった。両手をクロスして自分の肩をぎゅっと抑えたことでやけに強調されたミホの胸の谷間に、何か赤黒い気持ちの悪いモノが見えた。


「ミホ、お前そんなとこに何挟んでんの?」


 俺は笑いながらそれをつまみ上げる。そして激しく後悔した。それは小さくて、ヒクンヒクンと動いていて、血まみれのトカゲというか……いやもしかしてこれって。

 次の瞬間、ミホは絶叫と共に俺を突き飛ばした。そのまますごい勢いで外へ出ていってしまう。カバンもスマホも置きっぱなしで。

 俺はミホを追いかけようとして、ミホの居たあたりに何かが落ちているのを見つける。それは俺がつまんでいるものよりもう少し大きくて、ほんのりヒトのカタチをしていた。




<終>

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