悪いバイト

 先輩が突然、胸を押さえて膝から崩れ落ちた。それを合図に僕らも皆一緒に倒れる。


「良い子達は俺たちが守る!」


 ヒーローが見得を切ると、僕らは近くで倒れている仲間を担いでそそくさと舞台袖へとはけた。ヒーロー近くの戦闘員はダメージが大きいから、自分では立ち上がらず舞台袖近くの戦闘員が担いで逃げる……という演出なのだそうだ。子どもの頃見たヒーローショーには、こんなやたら細かい演出なんてなかったよな。


 控え室に戻って先輩の姿を探す。この次は何をすればいいんだっけ。


 昨晩急に「悪いバイトやらないか」と先輩に誘われて参加した遊園地のヒーローショー。そう、僕は悪の戦闘員、兼裏方。ショーの合間に紙吹雪を掃き集めたりもするって聞いてたから。他のバイトの人たちも戻ってきてないし……でも確か清掃用具は控え室だって聞いてたんだけどな。

 なんとなくそれっぽいロッカーを開けようとした僕の背後から、小さな声がした。


「まて! わるもの!」


 振り返ると小学校低学年くらいの男の子。


「わるものはしんじゃえ!」


 なんでこんなスタッフオンリーの場所に……迷子かな。僕は戦闘員のマスクを取ると笑顔を浮かべ、男の子と同じ目線になるよう、しゃがんだ。


「ここは子どもが来ちゃいけない場所なんだよ。お母さんかお父さんはどこ? 一緒に探してあげようか?」


 差し出した手をじっと見つめた男の子は笑顔になる。


「おまえ、じつはイイモンだな」


 そして急に走り去る……のを見送りながら僕は気付く。あ、マスクとっちゃいけないんだっけ。ある意味、子どもの夢を壊してしまったかな。とりあえず先輩を探して次に何をすればいいか聞かないと。


 控え室を出てステージ裏の方へ歩いて行くと、ようやく先輩を見つけた……けれど、先輩は担架に乗せられていた。周囲のスタッフがピリピリしてて、冗談の類ではないということはすぐに分かる。


「マジかよ。今日は誰もあの男の子見てないってのに」


 ステージマネージャーの声が妙に耳にこびりついた。




<終>

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