第2話 可笑しな家族の決意
ローレンス様の動きは早く、ユーファステア侯爵家の人々の動きもまた早かった。
クリード殿下だけではなくメイシィのお世話も増えた私。
急に任命されたせいで他の侍従たちとさまざまな調整でバタバタすること数日。
みなさまが執務室に集合したと聞いて驚きに跳ね上がるようだった。
急いで紅茶を用意して向かえば、執務室にはあのレヴェラント家で小竜を産んだナタリー様もいらっしゃった。
「初めまして、クレアさん。メイシィと学生時代からのお友達なのですってね~」
「お初にお目にかかります。ナタリー様。私はクリード殿下の侍従、クレアと申します。メイシィ様とは寮の同室でございました」
「まあ!クレア、それは本当なの?ちょっと詳しく聞かせて」
「サーシャ
室内ではナタリー様、サーシャ様、クロエ様がわいわいがやがやと自由に言葉を散りばめていらっしゃった。
いつもの静かな部屋とは大違いな状況に、部屋の主は反対側のソファで頭を抱えている。
「あら~おいしい紅茶ね。ちょっと濃くしているのかしら~?」
「あっ……申し訳ございません。いつもクリード殿下に差し上げているものと同じものでございます。もし御口に合わなければ入れなおしますのでお申し付けください」
「いいのよ~!メイシィが淹れたのとそっくり、あなたが合わせたのでしょう?」
「ど、どうしてそれを……」
うふふ、私も飲んでいたもの。とナタリー様はローレンス様と似たお顔でにこやかにおっしゃった。
わずかひと口でお気づきになるなんて……恐ろしい方だ。
「なんてこと!メイシィが紅茶を淹れるとこんな味ということ?」
「へぇ~」
なぜかとても感心した様子で紅茶に手を伸ばすサーシャ様とセロエ様。
不思議な気持ちで眺めていると、背後の扉が開かれる音がした。
振り返ると、老年の優雅な雰囲気を纏ったご夫婦。
すぐにその方々がユーファステア侯爵夫妻であると気づいて、私は急いで端により頭を下げた。
「すまないねローレンス、遅くなったよ」
「いえ、父さん、母さん。登城いただき感謝します」
「あら~ナタリーにセロエもいるじゃない~久しぶりねぇ~」
灰色の豊かな髪に髭を蓄えた男性がユーファステア侯爵、サイラル様だ。
現国王 カーン陛下より年下だけれど、長年臣下として貢献し、最も国王へ率直な意見をぶつけられる人間として貴族からも厚い信頼を得ている人格者と聞いている。
お隣で茶色の髪をまとめ、青とも緑ともいえる、子供たちに遺伝した瞳を持っているのがユーファステア侯爵夫人、シシア様。
話し方や性格はナタリー様が色濃く受け継いでいらっしゃる。カロリーナ妃殿下と支え合いながらこの個性的な子供たちを育て上げた人物だ。
「お母様~!」
「ナタリー!」
立ち上がったふたりは全く同じタイミングで互いを抱きしめ合う。
その動きの軽快さといったら、年齢を感じさせないほどだった。
「セロエもおいで~!」
「イヤ」
「クレア、あの紅茶をいれてくださる?お父様とお母様に飲ませてあげたいのよ」
「かしこまりました。サーシャ様」
あちらこちらで好きにお話を始める空間の隙間を縫って、サーシャ様の声を拾えた私はすぐに頷き、準備を始めた。
本題に入りたそうなローレンス様の眉間の皺が、どんどん深くなっていくのを横目で見ながら。
「これが……メイシィの味……!」
「再現だけどな」
「何ておいしいのぉぉぉ……!」
「泣くほどか?」
それから、紅茶を飲んだユーファステア侯爵夫妻は正反対の反応をされた。
セロエ様の冷静な指摘が冴える中、侯爵は驚いた顔をし、サーシャ様が困った顔をして母のシシア様にハンカチを渡していた。
シシア様は号泣している。なぜか。
「……そろそろ本題に入ってもいいだろうか!」
痺れを切らしたローレンス様はいつもより大きな声を出した。
「今回集まってもらったのは、現在一級魔法薬師の試験を受けているメイシィについてだ。
ユリリアンナ姉上の手紙に同封した通り、今彼女は最後のメリアーシェの試験を前に、クリード殿下に薬を飲まされて続行できない状態となっている」
「サーシャ、ナタリー、セロエ、お前たちはメイシィに会ったと言っていたな?様子はどうだった?」
サイラル様の言葉にいの一番に口を開いたのはセロエ様だった。
「見た目や反応に怪しいところはねぇ、でも一部の反応は薬の影響をしっかり受けていやがった。精神操作の薬なんざ使いやがってあの化け物……!」
「一部の反応とはなんだ?」
「クリード殿下に対する反応ですわ、お父様。いつも王族相手にはとても謙虚な様子……簡単に言えば距離を取る子なのに、とても素直で従順すぎるの。そうでしょうクレア?」
「はい。同意見でございます」
この子はメイシィの学生時代からの友人よ。とサーシャ様が簡単に紹介くださったので、一礼する。
そうか、とサイラル様は頷いてすぐにセロエに顔を向けた。
「セロエの目から見てどのような術にかかっているかわかるか?」
「わかんねえ。っつーのも、今回の薬は術をかけるタイプじゃねえな」
「あら、どういうこと~?」
「薬らしい薬っつーのかなあ。黒魔術の類いじゃなくて、身体に直接効くタイプっつーの?
つまり、魔術でどうにかできる状態じゃねえな」
「そうか……」
「ひとつ皆に相談したいことがある」
ローレンス様はそう言うと、緊張した面持ちで座り直し、ユーファステア侯爵である父に正面から相対した。
その様子を感じ取ったのか、サイラル様も真剣な瞳でまっすぐに息子を捉える。
「メイシィの試験とはいえ、課題を出す我々はしっかりとこの試験の方針について陛下にお伝えしなければいけない。
そこで、俺は――――」
その後続く言葉にも、いの一番に反応したのはセロエ様だった。
「はっ!あったりめーーーーーだろ!!」
――――――――――――――――――
「……そうか」
それから1時間後、なぜか私まで参加させていただき、ユーファステア侯爵家のみなさまは謁見室に揃っていた。
目の前にはカーン陛下とカロリーナ妃殿下、そしてまだちょっとお怒りの様子なアーリア妃殿下。
隅にラジアン王太子とクリード殿下もいらっしゃる。
カーン陛下はサイラル様の言葉に、小さく返事をしたところだった。
「それは、おぬしらユーファステア侯爵家で決めたことなのだな?」
「もちろんです。ここにいないユリリアンナを含めて、我々の総意でございます」
サーシャ様が胸の前で握っている手紙は、ユリリアンナ様から贈られたもの。
本人の代わりのように謁見室に持ち込んでいらっしゃった。
「……うむ。委細承知した。
メイシィ嬢の一級魔法薬師の試験は―――――続行とする」
サイラル様の一礼にあわせ、わたしたちは深く頭を下げた。
本来はこの試験を任せたラジアン殿下や、関わっているクリード殿下にも意見を求めるのが普通だけれど、カーン陛下は見向きもせずすぐに了承の返事をなさった。
これは、息子たちの意見は不要というけん制だ。
理解は示しつつもやってはいけないことをしたと、父親としての意思表示かもしれない。
「そも、『周りの助力は自由に受けて良い』という条件を出したのはわしだからな。
メイシィ嬢の精神薬を解毒することは、立派な助力の範囲であろう。
最後の試験に相応しい課題だと思わぬか、サイラスよ」
「ええ、全く。こんなに困った課題を出されてしまうとは。我々も驚いておりますよ」
「いくつになっても子供に振り回されるのう、はっはっは」
「随分と慣れましたな、はっはっは」
「ふっふっふ」
「もう少し危機感を持つべきではありませんこと?」
カロリーナ妃殿下の鋭い言葉に思わず黙ってしまうカーン陛下とサイラス様。
一緒に笑っていたシシア様だけが、あらごめんなさい?とのほほんとした態度をとっていらっしゃった。
―――――――――――――――――――――
ローレンス様のご提案通り、ユーファステア侯爵家は全力を持ってメイシィの解毒に取り組む。
そう陛下に宣言をされた一同は、退出した足でメイシィに会いに行くことになった。
ご案内のため先頭を歩く私の後ろで、また各々好きに話し始める声が聞こえる。
「思ったよりすんなり許可いただけたわね~」
「そういえばナタリー、あなた子供のお世話は大丈夫なの?」
「竜のことは竜に任せてるから、そんなに忙しくないのよ~。
サーシャ知ってる?小竜は定期的に親竜と一緒に山に籠って修行するのよ」
「まあ!知らなかったわ」
どうやらいつもこんなに騒がしいようだ。
全く気にしていない侯爵夫妻やローレンス様を見て察した。
やがて、クリード殿下のお部屋を通り過ぎた先、同じ意匠の扉をコンコンと叩く。
自分の名を呼べばメイシィの声が返ってきたので、扉を開けた。
「メイシィ様、ユーファステア侯爵家のみなさまがいらしております」
「え?」
メイシィは薬の副作用なのか、倦怠感が酷くまだベッドから出られないでいる。
今も上半身を起こした状態でこちらを驚いた表情で見つめていた。
それもそうだろう。
もう会うことすらないかもしれない試験の相手と面会することになるのだから。
しかも今回はあのユーファステア侯爵夫妻までいる。
驚かないわけがな―――――――――――――
「ああ、メイシィ!!」
「え?」
シシア様が大声を上げて駆けていった。
慌ててあとを追うサイラル様とサーシャ様たち。
ローレンス様だけが私の隣から動かず遠巻きに様子を眺めている。
シシア様はメイシィのところへ駆け込むなり、そのまま彼女をぎゅっと抱きしめた。
「あああ、もう、心配かけさせて!」
「シシア、メイシィが窒息するぞ」
「嫌よ~!もっとぎゅっとするわ~!」
「こらこら、もう……」
意外過ぎる反応だった。メイシィは何か言っているようだけれど、私の耳までは届かない。
ローレンス様以外の人々で埋もれてあっという間に姿が見えなくなってしまった。
ああ、そうか。
ずっと心のどこかに引っかかっていた違和感。
『そもそもどうしてメイシィの試験にユーファステア侯爵家が選ばれたのか』
思えば簡単なことだった。
どうして彼女が妖精遣いミリシア・ユーファステアと同じ見た目を持っていたのか。
どうしてローレンス様が心を砕いて試験に助力していたのか。
どうして4人の女性たちが彼女に協力的だったのか。
どうして、誰も彼女に『初めまして』と言わなかったのか。
メイシィは、彼女は、魔法薬師になる夢を叶えるために大きな犠牲を差し出していたのだわ。
それを誰よりも理解し背中を押していたから、彼らは解毒すべきだと即決した。
たとえそれが王族の意思と反するとしても。
「……驚いただろう。君だけは知らなかっただろうから」
ローレンス様の声はとても小さく、お優しいものだった。
「メイシィ。その名は我々からすると愛称だ。
彼女が家を出奔する前の名前は『メリアーシェ・ユーファステア』
最後の試験、願いを叶えるのは『メイシィ自身』なんだ」
我が親友、メイシィの願い。
そんなもの、1つしかないに決まっているわ。
サーシャ様が見せてくださった手紙にあった、ユリリアンナ様の文字を思い出す。
『メイシィがクリード殿下へ想いを伝えられるように、助けてあげて』
熱い思いが全身を駆けていく。
叶えてみせるわ、あなたの願い。
だから待ってて、
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