第6話 呼び寄せた赤い髪は萌える
「メイシィ!?」
地面に着地した衝撃は魔法で生み出された風圧でかき消された。
後ろからクリード殿下の声が聞こえるけれど、わたしは目ひとつ動かさずにガラム様をじっと見つめている。
本当は殿下の様子をしっかり見ておきたかったけれど、動けない。
わたしの首筋、身体には無数の剣が向けられていた。
「危険だ、下がるんだ!」
「ガラム様、恐れ入りますが、ことの経緯をお話しいただけますか」
揃っている剣先など気にするほどでもない。
白い棒きれの杖をガラム様に向けて、わたしは口を開いた。
「貴様!薬師の分際でこの俺に杖を向けるか!?」
「はい。わたしはクリード殿下の侍従ですから。あなたが剣先を向ける限り、わたしは杖先をあなたに向けます」
「メイシィ、刺激してはいけない。私が悪かったんだ」
「いえ、違います。クリード殿下がガラム様に何か不快なことを言ったとは思えません」
「なっ」
一瞬だったから確認していないけれど、クリード殿下は白衣を纏っていた。
わたしたちの背後には花壇がある。
研究の一環で植物を見ていたんだろう。
妖精の暴走の気配も、殿下の魔力が濃い気配もない。
「もしかして、兵士を連れていなかったから、でございますか?」
「ああ!!そうだ!!必ず同行させるようにと言いつけたにもかかわらず、王子はそれを破ったのだ!!」
言いつけたって……クリード殿下が子供みたいな言い方……。
部屋の外で四六時中監視をしている兵士が同行しないなんて、殿下が撒いたのではなくて兵士たちがうっかり見逃したのでしょう。
なんて言ったら火に油を注ぐのでぐっと我慢する。
にしても、このガラム様の慌てよう。いろいろわかってきた気がする。
まずこの兵士はガラム様の私兵に違いない。
つまり殿下の監視はガラム様の意思だ。
殿下を『化け物』扱いをしているとはいえ、なぜここまで
「いい加減にしないか!!ガラム!!」
どう穏便に済ますか考えていると、頭上から怒号が飛んできた。
見上げればナタリー様が怒り心頭の表情で叫んでいる。
部屋に戻ってと言ったのに……後ろの侍女が気迫に押されて困惑の表情を浮かべていた。
……わたしもだよ……。
「家から出てもいないのに少し監視が緩んだだけで癇癪を起こすとは!
貴様それでも国境と魔物の森から民を守るレヴェラント家の人間か!」
「な、ナタリー!!この俺を
「侮辱だと?
今貴様が起こした癇癪が隣国の王子を侮辱していることに気づかんのか痴れ者が!」
ナタリー様、こわい。
ついさっきまで話していた穏やかな彼女はどこへ。
騎士時代の名残だろうか。
「ナタリー様!お身体を優先してください。こちらは大丈夫ですから」
「断る!!レヴェラント家たるもの身内の粗相は我々が拭わねばならん!止めるなメイシィ!」
いや止めるよ!?
気迫に押されてるけどわたし薬師だから、医学に関わる人間として出産間近の妊婦を止めるに決まってるでしょ!?
「駄目です」
「メイシィ!」
「駄 目 で す」
「……むぅ」
ぎろりと精いっぱいの力で睨むと、ナタリー様は目を見開いて、ため息をついた。
「……ともかくガラム、兵士たちに武器を仕舞わせなさい。これ以上は屋敷を預かる私が許しません」
「……」
「ガラム」
ガラム様は憤怒の表情で無反応を貫いた。
何がそんなにこの方の琴線に触れて、怒りを爆発させるのだろうか。
ここまでくると異常だ。種族や文化の差ではない気がする。
「貴様……私の命に応じないだと……?」
あ、まずい。またナタリー様に火がついた。
いったいどうしたらいいんだろう。わたしは剣先のせいで後ろにいるパラノさんやクリード殿下に目線を向けられない。
どうしよう。わたしがこの場をおさめるにはかなり厳しい。
それに、殿下の様子がとても気になる。
少しでも剣先がずれたらわたしの喉にかすめるだろう。そんな状態で妖精を暴走させないようにしているということは、お心にかなりの負担がかかっているはずだ。
考えなきゃ……どうしよう。
そう頭を回転させているときだった。
「久々に来てみれば、ずいぶんと物騒な状況らしい」
ガラム様がその声に振り返り――――大声を上げて飛びのいた。
「全員、武器を仕舞え。
この俺の命令であれば、聞いてくれるだろう?」
真っ赤に燃えるような髪、同じ色の瞳の瞳孔は細く縦長。
他人を威圧しそうな強い色なのに、その顔は甘く丸顔で、にやりと笑っている。
久々にお会いした姿は何一つ変わっておらず、わたしを見て微笑みに優しい微笑みに変わった。
「久しぶりだ。メイシィさん」
「パスカ龍王国……リアム王太子に……ご挨拶申し上げます」
震える声だけがその場に響いていた。
―――――――――――――――
「はは、たまたま良いタイミングでレヴェラント辺境伯家に来てしまったらしい」
その後、ナタリー様のお部屋から戻ってきたわたしの目に映ったのは、リアム王太子が客間のソファで紅茶を飲んでいらっしゃる姿だった。
向かいには、たまたま屋敷を空けていたダグラス様。汗だくである。
ほとんど話が終わっていたらしい、リアム王太子に平謝りして去る侯爵を見送ってから、わたしはあらためて腕を引っ張られながら王太子に一礼した。
そういえば身だしなみの確認を忘れていた。
ナタリー様に『怖かったわねえ、もう大丈夫よ』と撫でまわされたわたしの髪型は元に戻っているだろうか。わからない。
「リアム王太子、どうしてレヴェラント家にいらしたのですか?」
クリード殿下の言葉に、リアム殿下はにこにこしている。
「メイシィさんが来ていると聞いてね。またとないチャンスだから会いに行こうと思ったんだ。もちろんクリード王子にも」
逆だと思う。クリード殿下がついでになっている。
「門まで来たら争う声がしたから中に入ってみたんだ。そうしたらメイシィさんが危険な状態だったから驚いたよ」
「本当にありがとうございます。リアム殿下、いらっしゃらなかったら今頃どうなっていたことか……」
「気にしないでくれ。むしろ我が国の者が失礼なことをしてしまった。許してほしい」
「とんでもございません」
「君は本当にやさしいね、メイシィさん。
後ろで君にくっついているクリード王子と大違いだ。はは」
肩にずっしりと乗っている両腕に、わたしは現実逃避を諦めざるを得なかった。
部屋にリアム殿下、クリード殿下、パラノさんとわたしだけになった途端。
クリード殿下は座ったまま無言でわたしを足の間に引き込むと、後ろから緩く抱きしめて動かなくなってしまった。
恥ずかしい。
他国の王太子の前でなんてことを――と思って恐る恐る対面を見れば、全然驚いていないどころか、むしろ面白そうにしているリアム殿下。
ナタリー様と同じくとっくにわたしたちの不思議な関係を察していたのだろう。
「別にメイシィさんを盗ったりしないから安心してくれ。コーヒーを淹れるときは借りるけれど」
「ぐえ」
「朝晩の紅茶はこれからも君に譲るよ。そう警戒しないでくれ。……待て、絞めすぎ、絞めすぎている、メイシィさんが窒息する」
何で知ってるんだろう。ラジアン殿下といい王太子はみんな耳が早いものなのだろうか。
ともあれ苦しい。クリード殿下の腕の中で身じろぎすれば、ようやく解放してくれた。
その隙に素早く立ち上がって殿下から脱出、隣に座ったのは言うまでもない。
「それで、いったい何があったんだ?」
リアム殿下はクリード殿下に向けて純粋な疑問を向けた。
わたしとしても知りたいところだ。未だに事態が飲み込み切れていない。
「レヴェラント家の滞在中は私兵を同行させるようにガラム殿に言われていたのです。私は滞在させてもらっている身ですし、同意しました」
そう言うクリード殿下の表情は、ダグラス様やガラム様相手とは違ってわかりやすく困り顔になっていた。
王太子の方が立場が上なので努めて丁寧な態度をとっているけれど、長年の友人だからか緊張感が薄い。
パラノさんも同じような空気を読み取っているのか、表情を崩して様子を眺めている。
「ダグラス殿に庭の花の採取を許可してもらったので部屋を出たところ、廊下に私兵がいないので探すついでに庭に出たのです。
そうしたら突然影から兵たちが飛び出して来てあの状態になったのです」
「なるほど、
「ああ、はは……そうですね」
嵌められた?もしかして兵たちがいなかったのはわざとで、外に出たタイミングでわざと囲みクリード殿下の権威に傷をつけようとした、いやがらせということ?
初めてお会いした時からガラム様の様子はおかしい。
ダグラス様とナタリー様の友好的な態度を見ると、余計そう思う。
もしかして、先日の掃除道具を持った侍女たちもガラム様の手下みたいなものだったのだろうか。
「ガラムめ、もともと君に敵意を持っているのは知っていたが、こうもわかりやすくいやがらせしてくるとは思わなかったよ」
「こちらも同意見です」
「10年前のドラゴンゾンビの件。あれがガラムと君の唯一の接点だったね?心当たりがあるかい?」
クリード殿下の表情が曇った。やっぱり思い出したくない記憶があるみたい。
少しだけ時間をかけて考えるそぶりを見せると、ゆるゆると首を横に振った。
「ありません。当時はただ指示された場所に連れていかれて、しかるべきことをしただけです。
滞在中は部屋から一切出ていません」
「ふむ……とすれば、ガラムの問題か」
ガラム様のお心を知ることはできない。本人に聞くこと以外は。
これ以上の推測は厳しいだろうな、と一同が諦めの空気を纏い始める。
そのときだたった。
扉を勢いよく叩く音、そして甲高い女性の声が響く。
「突然の訪問をお許しください!メイシィ様、いらっしゃいますでしょうか!?
ナタリー様の……ナタリー様の陣痛が始まりました!!」
息をのんだ。
すぐに扉を開けると、焦った表情の侍女がひとり。
真剣な瞳に頷き返すと、わたしはクリード殿下に顔を向けた。
「殿下、申し訳ございませんがしばらくはナタリー様に付き添います」
「ああもちろんだ。……頼んだよ、メイシィ」
「はい!」
突然だけれど、ついにナタリー様の願いを叶える時が来た。
思わず握るこぶしは白い。
世界的にもあまり例のない竜人族とヒューマンの混血児の出産が、始まる。
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