第5話 恐れは過剰を呼ぶ

ぺたぺたぺた。

しゃっ。

ぺたぺたぺた。

しゃっ。


金属製の長いヘラと絵描きのパレットのような板を手に、わたしは黙々と作業をしていた。

ナタリー様のお身体に塗るための保湿剤を調合している。

作り上げた軟膏たちを混ぜ合わせるため、ヘラで掬っては板において上からぎゅっと押す。広がったらまとめてヘラで掬って……を繰り返す。


やがて真っ白に混ぜ合わされたクリームを用意された金属製の器に入れて、トントンと空気を抜いて、また入れる。

この作業は竜人族の薬師でもよくやる作業らしい。むしろウロコのトラブルの頻度を考えたらわたしよりも経験豊かかもしれない。


そんなことを考えながら小さな器の蓋を締めると、わたしに声をかける人がいた。



「メイシィさん、言われた通りここまでやりましたよ」



王都から派遣された薬師、ザルンさんだった。

とてもがっしりした体形に真っ青な髪色がきれいな男性で、特に喉にある同じ色のウロコがとても美しく、同じ薬師としてすぐに仲良くなった方だ。

わたしよりもベテランで頭の回転も速く、態度は侍女たちと全く違って心地よい。



「ありがとうございます」

「整腸の薬草とコレクト草の粉末を混ぜて、水でこねて、乾かしてぽろぽろにしたのをこれに詰め込むんですよね?」



彼の両手には、細かい穴がたくさん開いた板があった。

その穴には白い粒がぎっしりと詰まっている。どれも均一で初めて入れたとは思えない。



「その通りです。こんなにきれいに詰められるなんてお上手ですね」

「はは!薬師たるもの『均一』の技術はどの職業でも右に出るものはいませんからね!」



とてもうれしそうだ。竜人族は褒められるのが好き、とザルンさんが自分で言っていただけのことはある。



「でも、ここからどうやってあの固い『錠剤』にするんですか?」

「蓋を魔法で押し込んで形にするんですよ」

「へえ、我々竜人は薬草をそのまま煮込んで身体に流し込んでしまいますからね、錠剤に加工して飲む発想はなかったです」



……この薬草、すんごい苦くて匂いもキツいけど、煮込んで液体にして飲むの……?

野性的すぎる。あまり医術や薬学に明るくない背景が分かった気がする。



「見学しても?」

「もちろんです」



両手に持っていた板とヘラを遠くへ避けて、わたしは紙を取り出し机に敷いた。

魔法陣が書かれている。これは誰でも必要な分の魔力が注げられれば発動できるように組み込まれた魔法陣證書まほうじんしょうしょだ。

本当は杖を出して自力で展開するのが楽だけれど、見学者もいるし何をやってるかわかるようにしようと思って作っておいた。


さっそく證書しょうしょの上に準備してもらった板を置いて、よけていた押し込むための板を重ねた。

魔力を流し込めば、證書が魔法陣を描いて紫色の光を放つ。


一番上の板が震えだすと、板同士が端から磁石のように引き寄せられ、一枚の板にくっつき始めた。

わずかにミシミシと音が聞こえる。挟まれた顆粒かりゅうたちの声がする。


やがて、完全に1枚の板となったのを確認して、わたしは魔法陣に流し込む魔力を止めた。

すぐさまパンッ、と音がして板は2枚の姿に戻る。



「おお」



證書を引き抜いて大きなトレーを出し、板をひっくりかえせば白い錠剤がひょうのように降り注いだ。



「整腸剤の完成です」

「おお!すごい、固まってる」



おもむろに太い指で1錠を拾うザルンさん。

じっとそれを見つめて――――



「ちっちゃくて、かわいい~~!!」



乙女のような甲高い声を上げた。

えっ。



「なになにザルンさん、急にどうしたの?」

「見てよこの薬、水と一緒に飲み込む錠剤っていう形の薬なんだけどさ~」

「きゃああああ!かわいい!ちっちゃい!!」



急に竜人族の医師たちが集まってきゃあきゃあ言い出した。

そ、そんなに?


驚いているわたしを尻目に大盛り上がりのみなさん。

わたしは必要分の錠剤と保湿剤をまとめると、こっそりと部屋を後にした。




―――――――――――




「ふっふふふ、あははは!」



整腸剤をお渡しするついでにナタリー様のお部屋でこの話をしたら、大きな笑い声が返ってきた。

大きなお腹をさする手を止めないまま、もう一方の手でひぃひぃと涙を拭っている。


もうすぐ陣痛が来ると言われているナタリー様はベッドとソファを行ったり来たりする1日を過ごしていてお暇らしい。

久々に刺激的に感じるお話だったのかも。



「言われてみれば確かにそうね~!ドラゴンの姿で考えればこんな錠剤ちっちゃいもの。飲み込めたかなんてわからないくらいの大きさだわ!」

「人のお姿では薬を飲まないのですか?」

「基本的に飲むことはないわね。体調を崩したらまずドラゴンの姿で一晩寝ればだいたい治るわ。それでもだめだったら薬草の汁を飲むの」



ドラゴンの姿の方が回復力が高いらしいのよ。とナタリー様は楽しそうにおっしゃった。

今まで出会ったユーファステア侯爵家の女性は3人目だけれど、ローレンス様にそっくりなナタリー様はまた違った性格をしていらっしゃる。



「ダグラスと結婚した時、彼が風邪をひいたことがあってね。栄養を取ってほしくてリンゴジュースを作ったときは不思議な顔をされたわ。体調不良には栄養補給って考えがないみたい」

「……ダグラス様のウロコで作られたわけではないんですよね?」

「あら!あらあら、もちろんよ!」



うっかり失礼な質問をしてしまったけれど、ナタリー様はご機嫌のまま返してくれたのでほっとする。



「ガラムのウロコで作ったわ」

「そ……そういう問題……いやそれならよかったです……ね?」



あの巨漢ガラム様がドラゴンの姿にさせられてすり下ろされたのか……。

想像するだけで恐ろしいけれど、たぶん、その場面に出くわしたら笑ってしまいそうなのが怖い。



「にしても、メイシィが来てくれて本当によかったわ。私、流石に薬草を煮出したものは飲めないもの」

「嬉しいお言葉をありがとうございます。ナタリー様」

「クリード殿下はご様子はいかがかしら?ちょっと心配なの」

「今のところ穏やかな様子ですが……ご心配ですか?」



ええ、とナタリー様は困った表情をした。



「私と殿下は歳が1つ違いだからよく遊んでいたのだけれど、私は結婚して、ローレンス兄さまはラジアン殿下の側近になって、ひとりぼっちになってしまったのがずっと気がかりだったのよ。

あなたとの出会いでとても明るくなったようだけれど」

「そう、なのですね」

「ええそうよ。クリード殿下はあなたのことが大好きなのね」

「へあ!?」

「あははは」



結婚宣言をされているわたしには突き刺さる言葉だった。

というか、久々の再会だったはずのナタリー様がすぐに見破るほど殿下はわかりやすいのか。ローレンス様だけではなく、サーシャ様もセロエも気づいていたに違いない。

恥ずかしい。



「午前中に殿下が私の部屋へ来てくださったのだけれど、メイシィがメイシィが~って熱弁してたもの」



いや、なにしてんのあの王子!



「自分が前向きに生きられるようになったのは、命を救ってくれたミリシアおばあ様や姉として傍にいてくれたサーシャお姉さま、多少?乱暴だけどちゃんと叱ってくれるユリリアンナお姉さま、遊んでくれた私やセロエ、妖精の暴走の後処理に走り回ってくれるローレンス兄さま、そしてあなただってね」

「殿下がそのようなことを……」

「わたしはミリシアおばあ様の影響で少しだけ妖精の気配がわかるの。だから妖精の話ができるのはおばあ様亡き後、わたしだけだった……」

「そう、でしたか……」


「彼のせいで1級魔法薬師になるか結婚するか悩んでいるのでしょう?」

「え、あ、はい……」



求婚の話はしていないものの、王族に好意を持たれるとはそういうこと。

ナタリー様のお姉さまのひとりはサーシャ様。経験がら先々の展開を熟知したうえで、わたしに問いかけてきた。



「本当に困った悩みだわ。私だって騎士団長になるかダグラス様と結婚するか悩みに悩んだもの」

「それって……」



ダグラス様がモデルになった物語に似た場面があった。

ナタリー様はもともと騎士として生きたいと思い日々研鑽を積んでいたという。

そんな彼女に一目ぼれした醜いドラゴンは、彼女の生家に結婚の条件を突きつけられる。


それは、レヴェラント辺境伯家の後継者になること。

当時の辺境伯である父から試練を言い渡され、そのドラゴンは弟と熾烈な争いを繰り広げるのだ。

自分との未来のために努力する姿を見た彼女は惹かれ、どちらの未来を選びたいのか葛藤する。

その想いを込めた曲は人気をはくし、今や音楽史屈指の名曲と呼ばれている。



「あの、ナタリー様」

「ええ」

「ナタリー様は悩んだ末、ダグラス様との未来を選ばれました。それは、何がきっかけだったのでしょうか」

「メイシィ……そうね、決めるのはあなただけれど、私の想いが参考になるならお話ししましょうか」



それはね、とナタリー様が口を開いた時だった。



「おやめください!!ガルム様!!」



窓の外から男性の大声――――パラノさんの叫びが聞こえた。



「あらやだ。何かしら」

「剣をお仕舞ください、どうか!!」



立ち上がるナタリー様に手を添えながら、ゆっくりと歩を進める。

わたしたちは窓をあけテラスから下を覗き込むと、


騎士たちに剣を向けられている――――クリード殿下の姿があった。



「あれは……いったい……」



言葉がうまく出てこない。真上から見ているわたしたちには殿下の表情は見えないけれど、両手を上げている。


妖精を暴走させた?いや違う、殿下の周りに異常は見当たらない。

口論になった?それも違う、それなら殿下が両手を上げて無抵抗を示すのはおかしい。


推測できない。正しくは、わたしたちミリステアの人間では推測できない。



「ナタリー様は部屋へお戻りになってください」

「何を言っているの、今すぐガラムを止めに行くわよ」

「あなたのお身体は今最も大事な時なのです。すべきことは安静です。ここはおまかせを」

「でも」

「ナタリー様」

「……メイシィ」


「クリード殿下はわたしが守ります」



後ろにいる侍女にナタリー様を預け、テラスの白く美しい意匠の手すりに、足を置く。

右手に杖を顕現させて握り締める。



「メイシィ!?」



わたしは、そこからひと思いに飛び降りた。

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