第2話 お茶会にお花の匂いを添えて

わたしの悩みは、本当の本当に『花びらが落ちてくる』ことだった。

マリウスが遠征から帰ってきてから3日程度過ぎたころ、それは始まった。



「メイシィ」

「はい、ミカルガさん」



騎士団専属の医師から頼まれて、兎人とびと族用の風邪薬を量産していたときのこと。

突然わたしの名前を呼んだミカルガさんが、紙を渡してきた。



「こ、これは……!」

「『2級魔法薬師』最上級書庫の利用許可証だ。よかったな、メイシィ」



薬師として様々な薬を作り実力を上げるには、基本的に書庫にある本から学ぶ。

実力に見合わない薬を作ろうとして事故を起こすことを避けるため、閲覧権限が細かく決められており、資格に合格することで上位の本が読めるようになっていく。

仕事の合間に勉強していた努力がようやく実り、わたしはこれで2級魔法薬師が読める本すべて閲覧できるようになった。



「ありがとうございます!!」

「まだまだ実践経験は足りないが、資格上、次に目指すのは『1級魔法薬師』だ。長い道のりになるだろうが、精進しなさい」

「はい!」



2年もかかっただけに喜びも大きい。

薄い紙を握りしめて飛び跳ねそうなわたしの視界に、何かが映った。


はらり


「あれ?」



木目が蔓延る部屋には似合わない黄色いそれは、花びらだった。

花の採集はしていないはずなのに、床に転がるそれを拾って、眺める。


まあいいか、とポケット入れたその日から、異変は始まった。



「鎮痛薬20人分、納品間に合ったーー!!」

「よかったねマルクス!」

「メイシィが手伝ってくれたおかげだって!ピロンシースの実、何度も取りに行かせて悪かった。

本当にありがとうな!!」

「ううん、このくらい平気だよ。本当に良かった……」



はらり



「(お!今日の食堂の日替わり、わたしの好きなメニューだ、嬉しい)」



はらりはらり



「(新しい書庫入れるようになって本当に良かった!そうじゃなきゃ蜥蜴族だけに効くしっぽ再生促進薬の存在すら知らなかったよ……。やっぱり嬉しいなあ)」



はらはらはらり



「………あの花びら、まさか」






「殿下と一緒ね、花の妖精の仕業かもしれないわ」



薄々感じていた予感を、クレアははっきりと言い放った。



「殿下は悲しいときに降ってくるのでしょう?わたしは嬉しい時だから違うと思ったんだけど」

「確かに感情の種類は違うけど、『特定の感情』で起きる点で考えれば一緒よ」

「まあ、そうなんだけどさ」



クリード殿下を愛する妖精たちが、わたしにも干渉し始めたということだろうか。

薬の製作中に花びらでも混ざったら大変なので、魔法で空間を無菌にしながら作業することが増え、若干疲れている。

慣れてしまえば問題はなさそうだけれど。


それをそのままクレアに伝えると、少し考える素振りを見せてから勢いよく立ち上がった。



「ミカルガ様に相談すべきよ。仕事に支障をきたす可能性があるなら早くなんとかしましょう。

こんなことで万が一あなたの夢が潰えたら、わたしはクリード殿下を恨むわ」

「クレア、またそんな物騒なことを……でも、ありがとう」



たくましい親友は、何も言わずにニヤリと笑った。

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