第3話 添えた香りは未来の彼方へ

「メイシィ、それは本当か」



それからは早かった。

わたしを引っ張って薬師院へ行き、出勤していたミカルガさんに突然押しかけたクレアは、わたしの悩みをそのまま伝えた。

ここはいつもの作業部屋ではなく、ミカルガさんの個室。


話を聞くなり、部屋の主は眉間にシワを寄せてわたしを見つめた。



「はい、その、大きな支障はないんです!クリード殿下にお伝えする必要はないかと」

「でもね、メイシィ、わたしが言うのも何だけれど。相手が高貴な身分だからってすべてを遠慮して我慢する必要はないと思うわ」

「クレア……」



自分の主人よりも目の前の友人を大切にしてくれるとは……なんと嬉しいことを言ってくれるんだろう。

感動していると、またはらはらと花びらが3枚落ちてきた。



「あ」

「……本当に落ちてきたわね」

「ごめん、嬉しかったからだと思う」

「いいわよ。こんなことでメイシィが殿下のお世話ができなくなったら殿下が面倒……悲しまれるもの」

「ええぇ」

「あ、花びら止まったわね」

「………ふむ」



花びらを手に取り眺めいていたミカルガさんは、ため息に似た声を響かせた。

夜に鳴くフクロウのような音に、わたしとクレアは思わず会話を止める。



「一度、『妖精使い』に診てもらうのがよいだろう」

「『妖精使い』…ですか?」



あまり聞き慣れない単語に目を合わせて首を傾げるわたしたち。

ミカルガさんは、うむ、とだけ言って頷いた。



『妖精使い』

言葉自体は聞いたことがある。

自然の一部として万物に宿る妖精たちは、人の目には見えない。

だがその存在と意思疎通を行い、操ることができる者がそう呼ばれている。


遥か昔より度々歴史に名を残すその存在。

特に有名なのは、このミリステア魔王国を立ち上げた初代国王だ。

妖精を通じて自然に愛され、言動を通じて様々な種族に愛され、他種族国家という理想型を現実のものとさせた奇跡の統治者。

『心で愛されよ、言動で愛せよ』という言葉は、彼を讃え、この国のあるべき姿として今もなおミリステア人の心に刻まれている。



閑話休題。

そんな伝説のような存在である妖精使いに視てもらうなんて、そんな大ごとにしても良いのだろうか。

その思いをそのままそっくり2人に伝えると、片方は困った顔をした。



「確かにそこまでするとなると、時間がかかりそうですね……」

「いや、大ごとにしても構わんだろう。殿下に関わることなのだから、陛下も把握されたいはずだ」

「……そもそもですよ、ミカルガさん。わたしのような立場の人間に面会いただけるのでしょうか。


 だって、現在の妖精使い様は――――――――」






「よく来てくれましたね。メイシィ嬢」



心安らぐような香りが漂う庭園。

柔らかな日差しすらも、目の前の方のために妖精たちが整えたのではないかと錯覚しそうなくらいの景色は、別の世界に来てしまったのかと錯覚する。

わたしは白のレースのあしらったとても似合わないワンピースを身に纏い、あちこちと視線を漂わせていた。


目の前の老齢の女性から響く、しっかりとした声。

わたしはどこからともなく汗をかきながら、必死に口を開いた。



「お招きいただきありがとうございます。サフィアン様」



サフィアン・ファン・ミステリア

現代唯一の妖精使いは、前国王の妻、そして元国王の母、

そして、クリード殿下の祖母にあたるお方だった。

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