第3話 乗り切りギリギリ生活のきっかけ

わたしとクリード殿下が出会ったのは、本当に些細なきっかけだった。



ミリステア魔王国 第三王子

クリード・ファン・ミリステア


高身長で文武両道、優しく穏やかな性格。

何よりもその美しい外見は見る者すべてを魅了するという、誰もが考える理想の王子様像そのもの。


街を歩けば人が集まり歓声がやがて国歌の大合唱。

社交界に顔を出せば、彼がいたパーティに参加したことだけで1つの自慢話になる。


だた、美しいゆえに近づける者はそう多くなく……ついたあだ名が『黒薔薇王子』

触れてしまったら最後、魅了という棘に刺されてあっという間に全身に毒が回ってしまうよう、だそうだ。



そんな誰からも愛される有名な王子が、高熱を出して寝込んだことがあった。




『魔法薬師』は種族ごとに適切な薬草と自らの魔力を混ぜ合わせ、薬を作る仕事。

医師と共に病状の原因を的確に把握して、種族の体質によって細かく調合を変える高度な知識と技術が必要で、王族用の薬の提供には最高ランクの『1級魔法薬師』の称号が必要になる。



突然の発熱、かつ3日経っても下がる気配がないという異常事態。

12人しかいない1級魔法薬師の中でも、最も経験値の高いミカルガさんが任されることになった。



作った薬を飲ませた翌日、ミカルガさんはクリード殿下の様子を見に行こうとしたけれど、困ったことが起きた。

いつも別の1級魔法薬師が同行するのに、国中を走り回る職務ゆえに、あいにくその日には誰も空いてなかったのだ。


どうしたものかと考えた結果、大したことしにいくわけじゃないし、という理由で2級魔法薬師のわたしが同行することになった。



それが、今後のわたしの運命を決めるきっかけだった。




「クリード殿下、失礼いたします……おや、眠っておりましたか」



初めて入った王族の部屋は、想像通りの豪奢な作りだった。

だだっ広い部屋に明らかに高級な絨毯が広がり、その端っこにベッドが置かれている。

その中で、クリード殿下はすやすやとロマンス本の挿絵から飛び出したような綺麗な顔で眠っていた。


一瞬彫刻かと錯覚したが、わずかに口を開けて苦しそうに息を吐く。

あ、人だった。なんて思ったことを覚えている。



「本日はまだ目覚めておりませんか?」

「ええ……」



ミカルガさんの質問に、侍従のクレアは重い口調で答える。

わたしはその後ろでいろいろな薬が入ったカゴを机に置き、いつでも取り出せるように広げた。



「顔色はだいぶよくなっているが、安心はできないな。メイシィ、汗の採取を」

「はい」



汗の成分を分析して魔力の状態を確認するのだろう。

不調は体内魔力の乱れで現れる。

あまりに大きく乱れてしまえば、死につながることだってある。


わたしは素早くカゴから採取機器を取り出すと、窓側からクリード殿下に近づいた。



「ん……」



ちょんちょん、と首に綿棒でつついていると、声が漏れる。

くすぐったかったのか、少しうめいたと思ったら、ゆっくりとその瞼が開かれ青色が覗いた。



「おお、目覚められましたか、クリード殿下」

「……………」



ミカルゲさんの言葉に、殿下は反応しないようだ。

汗の採取が終わったわたしは、蓋を閉めていると視線を感じて顔を上げる。


クリード殿下が、ぼーっとした目でこちらを見ていた。



「………」



本来部屋に入ることすら許されない2級魔法薬師は、話しかけることだってはばかられる。

わたしは瞳を見返すことしかできなかった。


数秒経って、ピンクがかった唇が動く。



「……る」

「?」



「……女神が、いる……」


「「「…………?」」」


「……すぅ」



今、なんか聞こえたような……気のせいか。

また眠ってしまったクリード殿下を眺めるわたしは、これから日常が大きく変わっていくなんて、思ってもいなかった。




―――――――――――――――――――



それから数日後。

クリード殿下が無事に回復されたと聞いた。


よかったねー、とマリウスとお茶を飲んでいると、バタバタと外が騒がしくなる。

やがて派手に扉が開かれ入ってきたのは、息の上がったクリード殿下の侍従だった。



「メイシィ様」

「あ、はい」

「今、お時間をいただけますでしょうか」

「はい」


「陛下が、お呼びです」



「………はい?」




その言葉の後、わたしは少しの間記憶が飛んだ。

知らないメイドに囲まれて、適当にまとめていた髪を解かれ結び直される。

今さら正装する時間もなく、アイロンをかけた白衣を着させられた。

化粧も丁寧に直されて、気づいたらお城の豪華なお部屋の前。


とりあえず行ってこい、とばかりに背中を押されて、気づけばわたしはふわふわなソファに座っていた。



「急な面会に応じてもらったこと、感謝する」

「あ、え、いえ……」



目の前にいるのは白い髭を蓄えて朗らかに微笑むおじいちゃん。

だが深いシワと眼光鋭い青い瞳は、ただならぬ雰囲気を放つ。


自分の国の王様と、どうやって話せばいいんだ。

大量の緊張汗が背中を伝った。



「クリードのことについて、話しておこうと思ってな」

「で、殿下のことですか?」


「どうもあ奴……おぬしのことを気に入ってしまったようだ」

「あ、え、ええ……はあ」


「そこで、おぬしに1つ頼みごとがある」

「頼み事……ですか」



しどろもどろで応えると、ミリステア魔王国国王 カーン5世は真剣な顔をして言ったのだ。



「クリードから世界を守ってくれ」



……はい?

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