第2話 試されて、乗り切る

メイシィ。

それがわたしの名前。


職業は、『魔法薬師』。

ミリステア魔王国の巨大城で働いている魔族ひとたちの健康を、『薬』の力で守るのがわたしの役目。


種族は、ヒューマン。

端的に言うと、魔力のある人間。

でもおばあちゃんがウサミミの生えた兎人とびと族だったから、ウサギみたいな白い髪に真っ赤な瞳をしている。

それでも、よくある容姿。

どこにでもいるヒト。



「メイシィ、おはよう」



こんな高貴な人と話すなど、ありえないことなのだ。



「……メイシィ……おはよう……?」



だから、何でこんな朝早くから不法侵入してくるのか理解できなくて、わたしは完全に混乱していた。



「メイシィ、私と朝の挨拶をしてくれないのかい?」



大声でもあげてみる?

いや、ここに王子がいるなんて、クリード殿下だなんて知られてしまえば、使用人寮の大混乱は必至だ。

丁重にお伝えしてこっそりと城へお帰りいただいた方が良いだろう。



「……挨拶すらさせてもらえないなんて、どうして、どうして?メイシィ。もしかして私のことが嫌いになったのかい?そんな…何が君を怒らせてしまったんだい?やめてくれ、これから君と一言も話せないなんて私はどうやって生きていけばいい!?ああ、メイシィ、メイシィメイシィメイ」


「メイシィ様!」


「はっ!」



勢いよく上半身をベッドから起こして声の主に振り向くと、王子の後ろにいる侍従と目が合った。

ブラウンのウェーブがかかった髪の間から同じ色のウサギの耳が垂れている。

おばあちゃんと同じ兎人族だ。

メイド服という使用人の恰好をばっちり着こなしている彼女は、じろりとわたしに橙色の目を向けてきた。



「あ、おはようございます。クリード殿下」

「! おはようメイシィ!今日もいい天気だ、良い一日になりそうだね!」

「そうですね、ところで朝からいかがなさったのですか?」

「どうしても会いたくなってしまってね」



にっこり。

数多のご婦人お嬢様たまに殿方を落としてきたという有名な微笑み。

こんな朝一から拝めるとは……どうしてこんなに嬉しくないのか。



「君の1日の最初の景色を、私でいっぱいにしたかったんだ」

「え、ちょっと何言」


「クリード殿下、そろそろお時間になります。

他の使用人たちが起きる前にお戻りにならなければ」



侍従のクレアが良い切れ味で口を挟んだ。

見事にかき消されたわたしの言葉が届かなかったのか、そうだね、とクリード殿下は頷く。


自然な手つきでわたしの寝癖に触って整えると、彼は立ち上がってもう一度笑顔を向けてきた。



「今日はこれで我慢しよう。また来るね、メイシィ」



颯爽と部屋を出ていく姿を、わたしは混乱したまま見送った。




――――――――――――――




「え、殿下来たの!?」



薬師院。わたしの職場。

執務室に着いて早々に上司であるミカルガさんに報告すると、近くで聞いていた同僚のマリウスが素早く反応した。

学生時代から腐れ縁のヒューマンである彼は、曾祖父の遺伝子を継いでくるくるした栗毛を持つ人懐っこそうな童顔の男性。

そして、わたしのこの状況を一番楽しんでいる男である。



「……そうか、朝から大変だったな」

「いえ、少し話をしましたが、丁重にお帰りいただきました」

「ああわかった。私から報告しておこう」



梟人きょうじん族であるミカルガさんは、ぱっと見白髪で皺の深いおじいちゃん。

頭髪には鳥の羽が混じっていて、ミミズクと呼ばれる動物と同じ、耳みたいな羽が頭についている。

フクロウの特徴を持つ梟人族は記憶力が高く、長命、学問に秀でていて、特にこのミカルガさんはかつて薬師院の長をしていたほどの実力者。

役職定年で長を辞し、今はわたしたちのような若手薬師の師匠として薬師院を支えてくれている。



「まさか部屋に突撃されるとは思いませんでした」



わたしの言葉に、マリウスが後ろから笑い声と共にちょっかいを出してくる。



「嫁入り前に寝顔を堪能された割には全然ショック受けてなさそうだけどな」

「殿下は気にしてなさそうだったし、ま、いいかなって」

「そういう問題じゃないと思うけどな」



「あの日から、殿下の行動には困らされるな……」



わたしたちの軽いやりとりに、ミカルガさんの重い言葉がのしかかる。

マリウスと2人で眉間に皺を寄せる顔を見てみれば、ため息と共に言葉が漏れた。



「あの日、君を殿下の元へ連れて行かなければ……」

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