とある新月の夜、少女は悪魔を召喚した。


 月明かりのない新月の夜。蝋燭の灯りだけを頼りに、少女は筆を走らせる。

 村はずれのあばら屋には似つかわしくない、大量の画材道具があるにも関わらず、只管赤い絵の具だけを使い、キャンバスへ紋章を描いていった。



 やがて、少女の手が止まる。



 開いた本のページと紋章を見比べると、徐に筆を置いた。代わりにナイフを掴み、躊躇なく自分の腕へ滑らせる。


 滲み出た血を、紋章の上へ垂らした。絵の具とは違う赤で彩られていくキャンバスから、つと視線を落とす。膝に置いた本を、じっと見つめた。



「……『闇に住まう異形の生命。魔の名を持つ醜悪にして残酷な存在よ。我が要請に答えたまえ。我は取引を願う者。其方の望みを叶える者。乙女の血に導かれ、今、この地へ現れたまえ』」



 途端、紋章が、薄っすらと赤い光を帯びる。



 直後、影が溢れた。

 少女ごと、屋根裏部屋を覆い尽くす。



 新月よりも深い闇で満たされた空間に、キャンバスへ描いたものと同じ紋章が浮かび上がる。先程よりも強い光を放った。




 紋章の中から、ゆっくりと、何者かが現れる。



 黒く長い髪。黒いジャケット。黒いシャツに黒いズボン。

 全身を黒で包んだその男は、作り物めいた美貌を持ち合わせていた。閉じられた瞳と、人間離れした白い肌、生気を感じない佇まいも相まって、まるで本物の人形のようだ。




 不意に、男の瞼が震える。


 開かれた目は、椅子に座る少女を、しかと捉えた。目元と唇へ、緩やかな弧を描く。



「こんにちは、お嬢さん」


 血のように赤い瞳が、楽しげに煌めいた。



「……こんにちは、悪魔さん」



 少女の答えに、男は一層微笑む。



 背中に生えた黒い羽根が、音を立ててはためいた。


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