おまけSS2 よしのの話

※最終話を読後にお読みください。


〈よしのの話〉


「この時計、高そう」

 男の左手を取り、時計を見るふりをする。

「いいでしょ、ヴァシュロンコンスタンタンだよ」

「何それぇ、そんなの初めて聞いたぁ。おしゃれさんなんですね」

「まあね」

 男は、満足そうに口の端を持ち上げて、私の手を握ってきた。ぐいぐいと私の指の間に指をねじ込んで恋人つなぎをすると、微笑んだ。

 合コンでとなりに座ったこの男は、どうやら私が気に入ったらしい。飲んで飲んでとやたらとアルコールを追加してくる。

 多分、お持ち帰りを狙っている。

 彼はイケメンで、お金持ちそうだ。持ち帰られてもいいか、と思った。だって、失恋の傷を癒したい。そのために合コンに参加した。

 でも、やめた。

 私は反省した。それに、少しだけ賢くなったのだ。

「最近、離婚しました?」

「えっ?」

「それとも合コンのときだけ指輪外すとか?」

「……えっ?」

「どっち?」

 男の手のひらが汗で湿ってきた。

「なんでわかった? って顔してる。左手の薬指に指輪のあとがあるんですよ」

 視線を落として教えてあげると、男が私の手をパッと解放した。慌ててポケットの中に左手を隠すと、にへら、と間抜けな顔で笑った。

「既婚者かあ」

 勢いよくビールを呷って、乱暴にジョッキを置く。男が「いやいや」と素っ頓狂な明るい声を出した。

「いやいやいや……、うん、でも、割り切った関係のほうがお互い楽じゃない?」

「えー? どういうこと?」

 ニコニコ笑って、少し首を傾けた。

「スリルも楽しめるし、悪いことしてるって背徳感とか、あとは奥さんに対する優越感とか……、そもそもさ、不倫なんてみんなしてるよ?」

「みんなって誰?」

「え? えーと、誰って言われても」

「だよねえ、みんなはみんなだよね。私もね、ちょっと前までみんなしてるじゃんって思ってた。だってほんとにみんなしてるんだもん。わかるわかる。既婚者との恋愛、面白いしワクワクゾクゾクするのもわかる。でも、みんなは代わりに慰謝料払ってくれないんだよね。人の家庭を壊すとね、慰謝料払わなきゃなんだって。知ってた? あなたにそんな価値あるかなあ。時計は素敵だけど、それだけかな」

 誰か別人が憑依したみたいに、私の口は滑らかだ。

 わかっている。これは受け売りだし、ただのブーメラン。

 でも、気持ちいい。

 どんどん白くなっていく男の顔を見ていると、楽しくて仕方がなかった。

 すごい、私は今クソ男をフルボッコにしている。

 快感に身を震わせたあと。

 満面の笑みで、決め台詞を吐いた。

「不倫って、悪いことなんだよ。知ってた?」


〈おわり〉

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