おまけSS3 イチの話

 みっつんは、真面目な女だった。

 マッチングアプリにこんな女はいない。あまりにもまっすぐで、馬鹿正直すぎた。

 旦那の浮気で自棄になるところは可愛かったし、素朴な見た目が新鮮で、体の相性もよかった。既婚者なんて関係ない。もう一度会いたい。

 ホテルで別れてからすぐアプリを通してメッセージを送ったが、反応はなかった。しばらくして彼女はアプリを退会した。

 あの日待ち合わせたファミレスに何度か訪れてみた。あのとき使ったラブホの周辺をさまよってみた。消えたみっつんを追って他のアプリを探したが、彼女は見つからなかった。

 旦那とよりを戻したのだろうか。

 まさか。

 鼻で笑う。

 夫に不倫され、仕返しで男と寝る妻。

 夫婦として、完全に終わりだ。元に戻れるはずがない。

 だから俺は、マッチングアプリでも街中でも、いつでもみっつんを探している。旦那と別れたら、男が欲しくなるはずだ。そのときは、俺が。俺が満たしてあげたい。

「みっつん……!」

 吠えてから、ハッとなる。

「……はあ?」

 俺の下で、女が怒りの青筋をひたいに浮かべている。

「ちょっと、みっつんって誰よ」

 女の手が首に巻きついて、締め付けてくる。

「ぐっ、ぐえっ?」

「あんた、また浮気した?」

「いや、浮気っていうか、この前ちょっと、相談乗った子で……、どうしたかなって考えてたらつい、あの、苦しいです」

「つい、じゃねえ! 無職のくせに! あたしの稼ぎで生きてるくせに! クズ、このヒモ男が! ああもうキレた、別れるから。出てけ、ほら、今すぐ出てけ!」

 激昂する女は俺を裸のまま追い出した。服をください、せめてパンツを、と玄関のドアを叩いていると、クスクス笑いが聞こえた。

「にぎやかですね」

 隣の部屋から出てきた女が、意味ありげに微笑んでいる。全身から、夜の女のオーラを放っている。

「そんな格好だと通報されちゃいますよ。うち、来ます?」

 彼女の目は俺の顔と股間を行ったり来たりしている。

 俺は股間を隠さない。なぜなら自信があるからだ。

「いいの?」

 玄関のドアを開けて、彼女は面白そうに言った。

「今から仕事だから。いい子で待ってて」

 そうやって、俺はいろんな女を渡り歩く。仕事をせず、稼ぐ女に飼われる生活を続けた。飼われながら、セフレは何人もいた。バレたら大体捨てられたが、それでもよかった。次の飼い主に拾われるだけのこと。

 そんな生活を知りもしない姉から、ウキウキで電話がかかってきた。結婚の報告だった。「次はあんたの番だね」と嬉しそうに言われ、ゾッとする。結婚なんてしてたまるか。俺はきっと、一生こうやって生きていく。

 働かなくていい。なんの責任もない。自由だ。

 今日も今日とて可愛い子を捕まえた。人生は楽しい。浮かれていると、思わぬ人と再会した。

「みっつん?」

 ずっと探していた。舞い上がったのは一瞬で、すぐにスッと熱が冷めた。

 赤ちゃんを抱っこしている。頭の中で、咄嗟に逆算する。ありうる。ゴムは付けたが、100%避妊を保証するものじゃないのは知っている。

 俺の子では?

「違いますよ?」

 心の内でうずまく疑惑を、みっつんがきっぱりと否定した。

 みっつんは、笑顔だった。怖い笑顔だ。訊いてもないのに否定するのが逆に怪しい。

 そうか、そうなんだな? これはやっぱり俺の子なのだ。

 不貞の子だとわかっていながら旦那を騙して産んだのか。はたまた、離婚してシングルマザーになったのか。

 責任の二文字が空中から落ちてきて、勢いよく肩にのしかかる。

 逃げなければ。

 自由でハッピーな生活が、終わってしまう。

 俺は、逃げた。

 責任を振り払い、全力で、逃げた。

 そのままラブホに駆け込んで、女を抱く。抱こうとした。俺の下半身は役に立たず、女は怒って部屋を出て行った。

 一人取り残されたラブホテルの一室。

 焦っていた。

 嘘だろ、やめてくれ、とブツブツ言いながら、何度も試した。右手が攣りそうなくらい、がんばった。

「待って、いやだ、そんな馬鹿な……嘘だと言ってくれ……、あああああああああああ」

 絶叫。そして暗転。


〈おわり〉

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