第6話 フォレストベア

ソウの朝はいつも通り早い。体が勝手に起きる。完全に習慣化しているのだろう。マインが起きるまでに、朝のランニング、打ち込み、そして素振りを行う。

まだ起きて間もないのだろう、少し眠そうな顔をしたマインが朝食にやってくる。ソウも同じタイミングで朝食をとる。

朝食の後は、模擬戦の時間だ。ソウは、マインに初めて負けた日からもう1ヶ月ほど経つが、一度も勝てていない。しかし、ソウも毎回負けるつもりは毛頭ない。

「よし、いくぞ」

宿の人々は剣と剣がぶつかる音を聞き、1日の始まりを感じるようになっていた。

「今日も負けか」

「後半に見せた、短剣には危うくやられるところだったよ」

ソウもマインに勝つため様々な試行をしているが、どれも決め手にかけているため、勝つまでには至っていない。


「じゃあ、今日も行くか」


ソウとマインはこの1ヶ月、一緒に魔物討伐に行っているため、門の騎士とも仲がいい。


「ソウとマインか、毎日熱心だな、だが気をつけて行けよ」


「うん、ありがとう」


フィエルテ魔法騎士学校の入学試験まで残り1ヶ月、マインはもちろんのことソウもしっかり力がついていると実感している。そして、いつものように森に入っていった。そこには、ゴブリンやスモールウルフ、ラピットラビットなどの警戒レベルFランクと呼ばれるモンスターが多く出現する。ソウとマインにとって、敵ではなかった。


普段通りの森、いつもと同じ光景、何も感じることはなかった。しかし、街の外では何が起こるのか分からない。それは突然訪れた。


周りにいた魔物が突然何かに怯えたように走り出した。いや、逃げ出した。魔物だけではない、森にいた子鳥や小動物も一斉に逃げ出した。何かに怯えたように。

ソウとマインは、何が起きたのか分からなかった。しかし、その後その理由はすぐ分かった。

フォレストベア-この辺の森の最も遅れている存在、そして警戒レベルCランクの魔物である。Cランク、それは上級冒険者と言われるものと同等のレベルだ。


マインは、目があった瞬間、勝てない。殺される。そんなことが頭をよぎった。足が震える。体が動かない。本能は絶対に逃げなければならないと、頭では警戒音がガンガンなっている。しかし、動けないのだ。マインはソウを見る。


ソウは、フォレストベアを見つめている。倒すつもりか。さすがソウだ。そんな風に考えたが、よく見るとソウの体も震えている。動けない、体が動かない。同じなのだ。

まさに、ソウも同じようなことを考えていた。そして、自分の考えの甘さを悔いた。自分には相当な腕がある、そう思い込んでいた。村から出て馬車が襲われた時もそうだ。自分ならなんとかなると思っていた。もちろんそれはゴブリンなら確かになんとかなる。それほどにレベルが高いのは確かだ。しかし、それは10歳としてはだ。10歳にしては腕がある方、その程度だった。それは、今フォレストベアと対面して感じる。今まであんなに訓練してきても、強敵に出会うと体すら動かないのだ。


フォレストベアは獲物を見るような眼で、笑った、そんな気がした。明らかに格下だと気付いているのだ。自分を見て動けなくなっているのだと知っているのだ。この森では敵なしのフォレストベアだからこそ、この反応は本能的に知っている。腕で二人をなぎ飛ばす。

飛ばされてようやく少し動けるようになったマインとソウは目を合わせる。

二人は、絶対にここで死ぬわけにはいかない。ソウは、心に鞭を打つ、野望があるんだ。Legend級冒険者になるんだから。実は、マインにも野望があった。

「ソウ!こんなタイミングだけど、僕には野望があるんだ。今言うよ。僕は、このイグアス王国一の騎士団長になるんだ。それを目指して村でも稽古してきた、努力してきた。でも、ここローザでソウと出会ってソウの野望も聞いて、僕の野望は変わったんだ。」

「僕はイグアス王国一の騎士団長、そしてソウはlegend級冒険者、二人でこの王国が誇るトップ2になる。そんな野望になった。だからここでは絶対死ねない。絶対倒そう。二人でこのフォレストベアを。」


普段は大人しめなマインの熱い言葉を、意思を聞き、ソウは何も感じないはずがない。

「当たり前だ、絶対二人で倒すぞ。生き残るぞ、負けるわけにはいかないんだ。」


ソウとマイン二人に、恐怖の表情はもう見られない。むしろ勝つこと以外考えていない、そんな表情に変わった。

二人を獲物としか考えていなかったフォレストベアは、少し驚きの表情を浮かべる。しかし、能力は変わらないと攻撃を繰り出す。


ソウがフォレストベアの攻撃を受ければ、マインがその隙に攻撃を仕掛ける。またマインが攻撃を受ければ、ソウが攻撃を仕掛ける。連携は完璧。息もぴったり、しかしフォレストベアの攻撃を完全には防げず、ソウたちの攻撃は防がれる。圧倒的戦闘力の差を前に、劣勢だった。

ダメージを与えられる攻撃手段がない。こちらにダメージが蓄積されるだけだった。そんな攻防を続けていた時、マインが吹き飛ばされた。攻撃を受けきれなかった。それを好機とフォレストベアがマインとの間を詰める。


「マイン!!」


ソウが叫ぶ、フォレストベアを止めなければ、必死に足を動かすも追いつけない、絶対的スピードの差。


そして、次の瞬間、フォレストベアの腕がマインの体を貫通していた。


ソウには理解が出来なかった。目の前でいつも楽しく訓練をし、一緒にフィエルテを目指していたマイン。ソウにとって初めて出来た心を許せる親友。自分の野望を、二人の野望にしてくれた。一緒に目指すはずだった。しかし、もういつも笑顔なマインはもういなかった。

ソウはマインに近づく、マインが最後の力を振り絞り、ソウに言う


「ソウ、君なら絶対なれるLegend級冒険者に、模擬戦では最近ずっと僕が勝ってたけど、君には何かすごい力を感じることがあったんだ。だから大丈夫。後、野望はまた変更だ。僕の野望は、君の野望が叶うこと。この2ヶ月楽しかった。」


それ以降マインは全く動かなくなった。絶対にマインの死を無駄になんかしない。フォレストベアは、もう勝ちを確信しているかのように、ソウを見る。しかし、ソウの雰囲気が一変する。


「許さない、絶対に」


今までは見たことのない表情を顔に浮かべるソウは、マインを殺したフォレストベアに近づく、なぜか分からないがフォレストベアが動かない、震えてみえる気がした。しかし、今のソウにはそんなことどうでもよかった。ただこの熊を殺せれば、それでよかった。ソウが鞘から剣を抜き、両手で剣を振るう。フォレストベアもなんとか抵抗しようとするがもう遅い。ソウの剣がフォレストベアを両断した。そして、ソウはその場で倒れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る