VSカオス・ジャック

 我先にと仕掛けたのはルゼ。足に力を入れ、ジャックへ向かって駆け出す。

 そしてそれに合わせてイノセも持っていた猟銃をジャックに向けて構え、すぐさま引き金に指を掛ける。狙うのはジャックの右腕。槍を持っているほうの腕だ。

 姉のルゼは直接殴り込みに行ったが、相手は想区を滅ぼす程の力を持つカオステラー。真っ正面から向かってもまず勝てない。ならばあらかじめ相手の力を削ぐ。片腕を潰しておけば、相手の攻め手が格段に減る。あとは二人だけでも押しきれるかもしれない。そう考えたイノセの行動だ。

 ルゼは格闘術に長けているが、両親を傷つけられて怒り心頭である今は、ただ力任せに殴りかかるしか頭にないだろう。であれば、自分がそのフォローをする他あるまい。

 狙いは正確。突っ込んでいく姉に気をとられているジャックは、イノセの援護射撃にまで反応が追い付かないだろう。そうでなくとも、異なる方向からの攻撃など、防げるはずもない。そう思った。

だが…、


カラン!


「!?」


 ジャックはこともあろうか、手に持っていた槍をその場に投げ捨てた。


 「槍くらいくれてやるさ。」


 そしてルゼの方を向いたまま、空手であるはずの手の中から何かをイノセに向かって弾き飛ばした。


 「それ」は猟銃の小さな銃口の中にすっぽりと入り込んだ。そして次の瞬間、銃口、機関部、レバー、ありとあらゆる部分から蔓が生えてきた。そしてみるみるうちに銃全体を包み込んでしまった。

 あまりに突然のことにイノセは慌てて猟銃を手放してしまう。そして捨てられた猟銃はそのまま蔓に飲み込まれてしまった。


 ジャックはイノセに目線を向けることなく、そのままルゼにも何かを投げつける。とても小さな物体だったが、イノセのいる位置からは正体が分からない。「それ」はそのままルゼの体の中心に当たる。


 「ふんっ!こんなものが一体なんだって…」

 

 ほとんど気に止めることない様子のルゼ。体を勢い良くひねり、ジャックの右半身に蹴りを見舞おうとする。

 だが自分が攻撃される状況にも関わらず、ジャックは微動だにせず、余裕のある笑みを浮かべる。


 それと同時に、彼が投げた「何か」がルゼの皮膚の上で急に弾け出した。小さな見た目からは想像できないほど強烈で大きな破裂は、複数の破片となって飛び散りルゼの体を巻き込み、傷つける。


 「かっ…あああぁぁぁ!!!」


 全く予想だにしなかった攻撃をまともに受け、破裂の衝撃で後ろへ倒れこんでしまう。見た目以上にダメージが大きかったのだろう。体に受けた箇所を手で押さえ、痛みに悶えるルゼ。

 だがすぐに地面に手をつき、そのまま杖をつくように腕に体重を預けて立ち上がろうとする。

 イノセは苦しむ姉の姿を見て、いてもたってもいられず、彼女に駆け寄ろうとする。


 「姉様!!」

 「おっと、やたらに動かない方がいいよ。」


 駆け出したイノセにジャックが含みのある笑みを浮かべながら警告をする。


 すると突然、なにもないはずの地面から植物の蔦が天に向かって勢い良く伸びてきたのだ。急に発生した蔦に反応が追い付かず、そのまま足を掬われて後頭部から倒れてしまう。


 「ぐっ…!」


 後頭部を強く打ち、苦痛に声を漏らすイノセ。目眩を起こしながらもすぐに起き上がり、驚愕する。


 自分の足元だけではない。中庭中に蔦状の植物が無数に生えてきていたのだ。それは中庭の地面のあちこちから発生しており、地面を覆うもの、天へ向かって伸びていくもの、それぞれが思うままに成長している。その成長は異様な早さで、今も少しずつ中庭を侵食し続けている。

 一体いつの間にこんなものが発生したのか…。


 「イノセ!さっき弾けた破片よ!あの破片が種になってこの植物が生まれてるんだわ!」

 「そうですイノセさん!その種さえどうにかできれば…!」


 原因を探って周囲を見渡すイノセに向かって、レイナとキュベリエが必死に叫ぶ。

 その言葉にハッとして辺りの植物たちを注意深く観察してみる。でたらめに成長しているように見えたが、それぞれの植物を目で辿ってみると、複数の地点から、植物がまとまって発生しているのがわかった。

レイナの言う通り、先ほど弾けとんだ破片があの地点に着弾して、そこから新たな植物が育っているのだろう。そこに攻撃を打ち込み、その地点ごと吹き飛ばせればあるいは…!

 

 「全く、余計なことを言ってくれるね。まあいいんだけどさ。」


 思考を巡らせる間も与えないと言わんばかりに、植物達を足場にしてイノセに接近するジャック。うごめき、成長を続ける植物の流れに任せて、うまく跳躍しながら器用に、着実に。

 その手には先ほど自分から手放した槍がまた握られていた。だが、得物を持ち直した敵の姿を、彼女は見逃さない。


 「これ以上、家族に手出しさせるもんか!!」


 イノセに向かうジャックに怒号を飛ばし、すぐさま駆けるルゼ。

 だが周りの蔦が邪魔をして、思うように進まない。乱立する植物に行く手を阻まれ、各々の成長により不規則にうごめく蔦に足を掬われ、自身の動きを乱されてしまう。苛立ちを募らせ、舌を打つしかないルゼ。

 さらにジャックが持っていた槍を口に咥え、空手になった手で再び彼女に向けて「何か」を投げつける。先ほど彼女に投げたものと同じだろう。それを見逃さなかったルゼはとっさに下がろうとするが、下がった拍子に背後の蔦にぶつかってしまう。

 退路は塞がれてしまった。


 「…っ!もうっ!!」


 そのまま両腕を交差させ、胸から顔までを庇い、爆発に備える。あまり意味はないかもしれないが、無防備に体を晒すよりは幾分ましだ。 

 ジャックが投げたそれはそのままルゼに向かっ飛んでいって、彼女のいる地点で再び爆発する。

 

 「姉様!」

 「カオステラーを目の前にしてよそ見とは随分余裕だな!」

 

 爆発に巻き込まれた姉の身を案ずるも、ジャックはそれすら許さない。

 自分から目を反らしたイノセに向けて、手に持っていた槍を力一杯投げつける。

 イノセは咄嗟に猟師の剣の腹で受け止める。相当な力で投げられたであろうそれは、容易く刀身を二つに砕いてしまった。剣を持った手にまでその衝撃が伝わり、激しく痺れる感覚を覚える。だがなんとか直撃は免れた。猟師の剣で起動が逸れた槍はそのままイノセの足元に落ちる。


 「だめ!イノセ!避けて!!」

 「え?」


 突如聞こえてきたのは母の警告。だがその声が届いた時にはもう遅すぎた。

 イノセはすぐさま落ちた槍に目を向ける。柄尻に小さな包みがくくりつけられていた。


 そしてその包みは巨大な炎に変わり、イノセとその周辺を巻き込んで、激しく燃え上がる。

 

 「イノセさん!!」


 キュベリエが思わず駆け出そうとする。だが、燃え上がる火炎と、放たれる凄まじい熱気が近づくことを許さない。

 自分の目前で友達が苦しんでいる、さらにその息子が命の危機に晒されている。慌てふためくキュベリエに、レイナは傷だらけの体で這いずって、彼女の服の裾を掴み、引き留めるように引く。


 「…今は無理よ。あの子達に頑張ってもらうしかないわ。」

 「レイナさん…。」


 レイナは既に満身創痍、キュベリエはそもそも戦う力を持たない。自分たちが助けに行っても、二人の助けにならない。それどころか、下手に手を出そうとして人質に取られでもしたら…。取り返しがつかないことになってしまうのは想像に難くない。

 感情に流されることなく合理的な判断をキュベリエに伝えるレイナ。だが一見冷静に見える彼女のその口は、自分の下唇を無意識に力一杯に噛んでおり、赤い液体が口から滲み、顎から滴り落ちる。

 今、一番悔しいのは、肝心な時に子供たちに何もしてやれない、自分たちの子供が蹂躙される姿を黙って見ているしかないレイナとエクスなのだ。

 キュベリエは泣きそうになるのをぐっと堪える。そして何も言わずに頷き、すぐに再びエクスに寄り添う。


 「待っててくださいね。エクスさん。すぐに助けますからね!」


 キュベリエは、今自分にできること、すなわち、エクスの救出を優先することに決めた。

 とはいっても、現状キュベリエにはエクスを助け出す方法が未だ見いだせずにいた。目の前の巨大な蔦を無理やりこじ開けてエクスの足を引っ張りだせればいいのだが、彼女の華奢な腕でそんなことが出来るわけがない。女神を名乗っていても、万能というわけではない。

 エクスの足に絡まってる蔦をこじ開けられる道具を探そうにも、周りの植物のせいでまともに移動することもままならない。

 一刻も早く救出しなければ、エクスの身が持たない。だというのに、今の自分に打開するだけの力がない。助けるなどと大口を叩いておきながら、何もできない自分の非力さを悔やむキュベリエ。

 それでもなんとかしたいと思い、蔦に挟まったエクスの足に手を添える。添えた手からおぼろげな光が発せられ、エクスの足を包む。光に包まれた足は、先ほどよりも幾分か血色が良くなっているように見える。

 キュベリエの力で、エクスの足の傷を癒しているのだ。ただ、今の状態で治療を施しても、強い力でエクスの足を圧迫し続けている蔦をどうにかしないことには根本的な解決にはならない。はっきり言って気休めにもなるかどうかの苦肉の策だが、このまま放置すれば、そう遠くない内に、締め付けられている箇所が壊死してしまうだろう。何もしないよりは幾分かはマシである。

 少しでも時間を長く持たせて、蔦を撤去する方法を一刻も早く見いだす。これが今のキュベリエに出来る最善だ。




 ---エクスは、朦朧とした意識の中、空を見上げていた。

 足に走る激痛で気を失いかけながらも、空の景色をその眼にとらえていた。

 いや、正確に言えば、空に向かってそびえ立つ豆の木の、無数に伸びる枝のひとつに眼を向けている。

 体も思うように動かないが、空を見上げたその体勢のまま、なんとか自らの右腕を動かし、その手の人差し指をたてて唇に添える。

 

 その姿を見て、静かに頷く何者かの姿。それを豆の木の枝の上に存在するのを捉えたのは、エクスだけだった。


 



 炎の中に、一人の人影が這いつくばっていた。

 先ほどのに巻き込まれたイノセがなんとか起き上がる。火柱が周囲を囲うように乱立し、無遠慮に吹き荒れる熱気が周囲を包む。今にも身体中の皮膚が蒸発してしまいそうな熱さがイノセを襲う。

 自分の体を見てみると、コネクトしていたはずの猟師の体ほどこにも無くなく、元の自分の体に戻ってしまっている。先ほど炎に焼かれた時に、ダメージの許容量を越えてしまったのだろう。

 だが、まだ終わりではない。導きの栞に宿せるヒーローは一人だけではない。ヒーローの栞は、表と裏にそれぞれ一人ずつ魂を宿すことが出来る。

 まだ戦える。そう思い、焼けた肌から感じる熱さや痛みを堪えながら、イノセは立ち上がり、再び導きの栞を取り出してコネクトの準備をする。


 それが、勝負の明暗を分けることになった。


 炎を掻き分けて振りかぶる打撃。それがイノセの胸部を強く打ち、彼はそのまま吹き飛ばされ、背後の壁に強く叩きつけられる。コネクトすることにばかり意識を向けてなかったことが仇となり、その一撃をまともに受けてしまう。胸と背中、体の両側を鈍い衝撃で圧迫される。肺の中の空気が押し出され、重い咳となって排出される。


 「君の手の内は分かってるんだ。易々とチャンスを与えると思ったら大間違いだよ。」


 手に持った槍を肩に置き、維持の悪い笑みを浮かべたジャックがそこにいた。

 おそらく先ほどイノセを吹き飛ばしたのは、ジャックが振り回した槍によるものだろう。

 すぐに抵抗を試みようとする。だが先ほどのダメージがまだ残っている上に、体を強く打ったことで呼吸もままならず、思うように動かせない。そのままジャックに槍を突きつけられ、身動きが取れなくなってしまう。

 武器を持てず、相手に刃を突きつけられ、しかも周囲は灼熱の炎に包まれている。絶望的な場面に、彼が出来ることはなにもない。ここにいるのは、戦う力の無い、ただの無力な一人の青年である。

 もし、出来ることがあるとすれば…。


 「…君が投げた物…あれ、火薬の類いかな?」

 「いいや。とある植物の種を加工したものだ。」

 「植物が火を起こせるというのかい?」

 「ああ。そうだ。植物って言うのは人が思ってるよりも多芸でね。種類によっては、自分の実を破裂させて種をばらまいたり、周りの植物ごと自分を焼いて炭にして新しい種の養分になったりするんだ」

 

 …相手の気を反らして時間を稼ぐくらいか。

 人は、自分や自分が関わっている物事に関心を向けられると、悪い気にはならないものだ。個人や状況にもよるが、そこに興味を示す素振りをすれば、多少は態度が柔らかくなることが多い。

 案の定、イノセの問いに対して、自分の手の内を世間話をするように軽い調子で話すジャック。自分が優勢であり、手札をばらしたところで何の問題無いということも、彼が気を抜いている理由の一つだろう。

 コネクトが解かれた今のイノセでは、反撃するほどの力はない。無理に噛みついたところで、返り討ちに遭うのは目に見えている。とにかく今は少しでも時間を稼ぐしか道はない。

 この状況下で誰かが駆けつけてくれるのを期待するというのも大概愚かな考えかもしれない。だが、普段この神殿に居を構えている戦士は父と母だけではない。神殿の住人達を外に逃がすために大人数が駆り出されているだろうが、まだ神殿に何人か残っているかもしれない。可能性は決して高くないが、今はその人たちに期待するしかない。


 せめて、「あの二人」が来てくれれば…


イノセが頭の中をを巡らせていると、今までふざけた表情だったジャックが突然真剣な顔になり、イノセを見つめ、語りだす。


 「本当に君に出来ると思っているの?」

 「…え?」


 いきなりそんなことを聞かれて、一瞬理解が追い付かないイノセ。


 「想区を調律する旅のことだよ。混沌に侵され、魅いられた者達は手段を選ばず、容赦もない。君は何度か見たことがあるんだろう?その事は十分に分かっているはずだ。」

 「何を…君は…一体?」

 「だがいざ戦ってみてどうだい?二人がかりで立ち向かってこの様だ。ただでさえ今の君は調律…いや、再編だっけ?まあいいや。想区の混沌に干渉することができないんだろ?その手段を得るために旅に出るんだろうけど、これならたどり着ける可能性なんてたかが知れてるさ。そんな危険を侵してまで、君が旅に出るのはなぜ?」


 矢継ぎ早に言葉を繋げるジャック。その言葉にイノセは違和感を覚えた。「気のせい」で済ませることなんてとてもできない、小さくない違和感が。


 「確かに調律ができる可能性があるのは現状、君だけだ。だけど、君はそんな旅に出ることを本当に望んでいるのかい?夢や希望どころか、悪意や陰謀や殺し合いしかない、そんな旅にさ。義務でも、必要性でも、使命感でもない、他ならない君自身はどう思っている?」

 「…なんであなたがそんなことを知っている。僕の両親から聞き出したのか?カオステラーと言えど、想区のことなんて、知り得るはずがない。ましてや、調律のことなんて…。」

 「質問をしてるのはこっちだ。いいから答えろ。」


 イノセの問いを意にも介さない様子のジャック。その声には、先ほどまでの軽い調子とは全く違う、真剣で重苦しい雰囲気が感じられる。

 だがそれよりも、イノセは彼の問いに拭いきれない違和感を感じた。

 その口ぶりから彼は、イノセのこと、調律の巫女の息子であることや、これから旅に出ること、その旅の意味までも理解しているように聞こえる。

 だが、カオステラーに堕ちたと言えど、想区の住人が想区の外の世界、カオステラーがどのような存在であるか、ましてや調律の存在など、本来なら知るよしも無いはずである。

 外から来た空白の書の持ち主から聞き出したということも考えられるが、それでもカオステラーや調律のことまで知っているのはかつての「調律の巫女一行」や「再編の魔女一行」をはじめとした極一部のものしか知り得ないはずである。どこからその情報を得たのか、彼の発言には、あまりにも不可解な部分がありすぎる。

 

 ---彼は、何なんだ?普通のカオステラーとは明らかに違う。何が目的だ?


 頭の中で次から次へと疑問が生まれ、巡る。頭の処理が追い付かず、目眩をおこしそうになる。そしてその中でも一際、頭に乱暴に刻まれた言葉が。


 ---僕の、本当の気持ちだと?


 この旅の危険性は少しは理解しているつもりだ。時が近づくにつれ、父と母、フォルテム学院の教師からも幾度となく聞かされてきた。だからこそ父や学院の人たちに付き添ってカオステラーの封印の現場に何度も立ち会った。十分かは分からないが、準備を怠ったつもりはない。

 調律の旅は誰かがやらなければいけないことだ。しかもその力があるのは現状、自分だけだ。だからこそ自分がやらなければならない。


 彼の言う「気持ち」というのが何なのかは分からないが…


 覚悟なら、とっくに出来ている。


 ならばこれ以上、何を求めるというのだろうか。


 「…強い目をしているね。」


 イノセを見据えたまま、槍を構えて動かなかったジャックの口が開かれる。


 「だけどそれだけじゃ、君はいつか壊れる。」


 ポツリと彼の口からこぼれたのは、合間見えた時の軽い口調でも、先ほどのような重苦しいものでもない。

 それはまるで、哀れむような、死地に赴く友を心配するかのような、そんな言葉だった。


 ますますわからない。

 先ほどから彼の言動には不可解な点が多すぎる。一

 彼は、父と母に危害を加えた。皆の居場所を無残に破壊した。どんな事情があるにせよ、決して許せることではない。彼にとっても、自分は敵であるはずだ。


 なのに、なぜ彼は僕の道を問う?なぜ僕のことをこんなにも哀れむ?

 

 僕の選択は、間違ってるとでも言うのだろうか。


 自然と口を開けようとする。言葉を絞り出そうと喉が力む。答えなどこれ以上出ないと分かっていても、この問答に何の意味があるのかと思っても、頭が勝手に働く。タンスの中身をひっくり返すかのように片っ端から答えを探し、ひとりでに脳が回転する。。


 「…ぁ。」


 声が出ない。頭のなかがごちゃごちゃになって言葉がまとまらない。答えの見つからない自問自答を繰り返す。思考に意識を奪われすぎて、呼吸すら忘れてもなお、彼の意識は答えを求めて脳のなかを駆け回る。


 この旅の意味。それだけをただ探し求める---


 




 「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「ぐぇっっっっ!!??」


 突然、己の思考に囚われたイノセに渇をいれるかのような、力強くも透き通るような叫び声がその場に響き渡る。同時に、イノセの目に映ったのは、ジャックの頭に空中から踵を落とす少女の姿。


 それは、ジャックが起こした爆発に巻き込まれ、姿を消した姉、ルゼであった。

 

 おそらくその場にいた誰もが、なにがあったのか訳がわからなかっただろう。だが周りのことなど構うことなくジャックに一撃を見舞ったルゼはそのまま地面へと落ちるが、とっさに受け身を取って体勢を立て直す。

 全く予想だにしなかった衝撃を頭にくらったことで意識が飛びそうになり、足元がおぼつかなくなる。そこへさらに間髪入れずにルゼが体をひねり、その勢いに任せてジャックの顔の側面に蹴りを回し入れる。まともに受けたジャックは、そのまま蹴り飛ばされ、激しく顔を擦り付けながら地面の上を滑っていく。

 彼女の顔は、怒りで顔をしかめつつも、ようやく一矢報いることができたからか、口元が少しばかりにやけている。


 「…やっと一発目よ。クソ野郎。」


 そしてすぐさまイノセのいる方へ向き直り、彼に駆け寄り、その肩を掴んで軽く揺する


 「イノセ!大丈夫!?」

 

 そこで、今まで呆然としていたイノセの意識がようやくはっきりと覚醒する。同時に、今まで呼吸を忘れていた体が思い出すように肩で荒々しい呼吸をし始める。


 「…はっ…え…?あ…??」

 「良かった…。お姉ちゃん心配したのよ…!」


 体が酸素を取り入れることを最優先しているためか、まともに返事をすることができないイノセ。

 それでも無事だったことに余程安堵したのか、ルゼの顔の筋肉が一気に緩み、イノセを抱き締める。


 もうなにが何だかわからない。ジャックの問答で頭の中がぐちゃぐちゃになったところに、いきなり空から姉が降ってきて、敵をぶっ飛ばして、そして目の前にいる。今、イノセは完全になされるがままであった。


 「えっと…?姉様、なんで…?」


 少しずつ落ち着きを取り戻しつつも、未だ何が起こったのか分からず仕舞いであるイノセ。周りを見渡して、今の状況を頭の中で整理しようとする。


 「ずいぶんと悠長だなバカ弟子!!」


 だがそれすらもいきなり聞こえてきた怒号に阻まれることになってしまう。その怒号に思わず思考を止め、体を強ばらせるイノセ。弟に構いっぱなしだったルゼもその声を聞いて体をビクッと震えさせ、すぐにイノセから手を離す。

 その声の主を探して四方八方をキョロキョロと見渡してみる。ジャックのいる地点の上を見てみると、大木の枝の上に人が立っているのが見えた。

 その影は線が細目で、一見すると男女の区別がつかない。だがよく目を凝らしてみるとその体は、絞り込まれ、引き締まっていることが分かった。爪先部と裾が青く染まっている白基調のブーツに、白いロングパンツ。上には青いシャツを着ていただろう…が、あちこちが焦げてしまったのか、ボロボロになっている。黒く長い髪はみつあみに結われており、その顔は中性的で、男性にも女性にも見えるが、シャツの焦げあとから覗かせるその筋肉質な体を見るに、男性であろう。その顔にかけたメガネを通して、こちらを見下ろしている。

 

 「あの程度で仕留めきったと思ってるんじゃないだろうな!気を抜いていないでさっさと仕留めろバカ弟子が!!」

 「そんなにバカバカ言わなくてもいいじゃない師匠~!!」

 

 木の上からルゼに怒声を浴びせるその男と、緊迫した空気に似つかわしくない気の抜けた声と愚痴を漏らすルゼ。

 

 「…姉様。まさか上から飛び降りた?」

 「うん。師匠が助けてくれて、そのまま上までつれてかれた。」

 「姉様もだけどクロヴィスさんも大概だよホント…。」


 恐る恐るイノセが聞いて見ると、なんでもないようにあっけらかんと答えるルゼ。おそらく、ジャックの植物による爆発の間際、あの男---クロヴィスによって助けられた。だが周りの炎で近づけないと判断し、ジャックに悟られないようにクロヴィスの手によってこっそり木の上まで連れてかれた後、あの場所から飛び降り、そのままジャックに一撃見舞ったのだろう。枝から植物に覆われた地面までそれなりに高さがあるはずなのだが…無謀なことをしたものである。

 

 「イノセ!!!」

 「はいっ!?」


 内心呆れているところに、今度はイノセにクロヴィスが怒号を飛ばす。予想だにしなかった不意打ちに、イノセは思わず精一杯に背筋を伸ばす。だがクロヴィスから投げつけられた言葉は、ルゼに浴びせたような叱咤や罵倒ではなかった。


 「エクスのことは大丈夫だ!もうすぐ助け出せる!お前達はそのままその男を叩け!!」

 「えっ…!本当ですか!?」

 「こっちのことはいいから、さっさとけりをつけろ!!来るぞ!!!」


 クロヴィスの警告を受け、すぐにジャックが吹き飛ばされた方へ向き直すイノセとルゼ。視線を向けた先には、未だふらつきながらも手に持った槍を杖代わりにして立ち上がった男の姿があった。


 「ああ…くそっ、ひどい目にあった…。」


 口ではそう言いつつも、すぐにおぼつかない足取りを直し、地面を踏みしめ、こちらをにらみ返す。相当なダメージを受けたはずであろうに、なんとタフなことか。

 父のことは未だ気にはなるが、クロヴィスはこんな状況で慰めの言葉なんて言わない。ここはクロヴィスを信じ、救出は彼に任せて自分達は目の前のカオステラーを倒すことに専念したほうがいいだろう。何より、隣に立つ姉は、そのつもりらしい。


 「イノセ。やるわよ!私達の力で、あいつを倒すんだ!」


 散々痛め付けられ、傷だらけだというのになんともないと言わんばかりに構えるルゼ。やる気と闘争心が身体中から溢れている姉に続いて、イノセも今一度戦闘態勢を整える。


 導きの栞は手元にある。まだ戦える。


 すぐさま栞を自身の運命の書に挟み、もう一人のヒーローとコネクトを始める。

 イノセの体を目映い輝きが包み、その体が再び変わっていく。

 

 次第にその光が弱まり、収まるのを待たずに、二人は目の前に佇む混沌の戦士に再び挑んでいく。ジャックも二人に対抗せんと、自身の装備を構え直す。

 

 決着が着くその時は、もうすぐ---。

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