二つ目の混沌
…あれ?ここは…?
私、神殿の中庭にいたはずよね…?
そうだ…。突然神殿にカオステラーが現れて…。
エクスと一緒に戦ってたんだけど…。いきなりエクスが血相変えて私に飛び付いてきて…。
あ…そうだ…エクスは…?
いまいちはっきりとしないものの、意識を取り戻したレイナ。体のあちこちに激痛が走る。だが、その痛みがかえって彼女の意識をより鮮明にさせた。
頭も強く打ったのだろう。激しい頭痛で起き上がるのもままならない。自らの腕に力を込めて何とか体を起こす。そうしているうちに、だんだん視界が鮮明になってきた。だが、その視界に飛び込んできた光景に、彼女は言葉を失った。
自分たちは神殿の中庭にいたはずだ。地面には芝生が生えていて、その中心には自分たちの住居がある。突然現れたカオステラーに破壊されてしまったが、それでもまだ面影は残っていたはずだ。
だが、今自分の目の前に広がっている光景に、そのようなものは微塵も存在しなかった。
今、目の前にあるのは巨大な蔦。それも1本ではない。レイナの両腕でも抱えきれない程の太さの蔦が何本も絡み合って、一つの樹木として成り立っている。目の前のそれは、ただひたすらに天へとその幹を伸ばしている。
レイナはその木の姿に見覚えがあった。
「これって…旅をしていた頃に見た豆の木じゃないの…一体誰が、いつの間にこんなものを…。」
視界に飛び込んできた巨大な木に既視感を覚える。若いころ、夫であるエクスや仲間たちと共に旅をしていた頃に何度も目にしたことがある、豆の木だ。
自らの運命に苦悩する想区の住民に、どこからともなく現れた謎の旅人が与えたという種。その種を地に植えると瞬く間に成長して天に幹を伸ばす巨大な豆の木になる。この豆の木は、登頂に挑戦する者に非常に過酷な試練を与えてそのゆく手を阻むが、それらを乗り越えて登り切ったものには栄光の未来が待ち受けているという。旅をしていた頃、レイナ達はこの豆の木に挑む想区の住人に幾度となく出会い、木の登頂に力を貸してきた。
そんな豆の木がなぜこの場に発生したのか。いったい誰に向けて試練を与えるというのか、そもそもこの木は自分たちが見たものと同じものなのだろうか。痛む足で必死に立ち上がりながらも、周りを見渡して豆の木の発生の原因を探そうとするレイナ。
だが、視線の先に写った光景に、体を巡る血が一瞬にして冷え切った。
レイナの目線の先に写るのは豆の木の根元。そこに一人の人間が倒れていた。今やすっかり見慣れた顔の、自分がこの世の誰よりも愛する夫。
「エクス!!!!」
自分も満身創痍なのを忘れ、血相を変えてエクスに向かって駆け寄るレイナ。ふらついて転びそうになりながらも彼のそばにしゃがみ込み、そして気づいた。
彼の足が、木の中に埋もれている。正確には、複雑に絡み合った豆の蔦の間に挟まって、強く締め付けられている。急激に成長した木に、巻き込まれてしまったのだろう。足を押さえながら、悲痛なうめき声をあげる彼の姿に、レイナは我を忘れて叫ぶ。
「何でこんなことになっているのよ!!悪い冗談はやめてよ!!お願い!!しっかりして!!エクス!!!」
「レ…イナ…。」
エクスの力のこもらない声に、わずかながらも冷静さをを取り戻すレイナ。取り乱したレイナの頬に手を添えて、エクスが言葉を繋ぐ。
「良かった…君だけは…何とか助けられた…。」
「馬鹿言わないで!!あなたがひどい目にあって、どうして喜べるのよ!!!あなたが犠牲になって私だけ助かるだなんて絶対許さないんだから!!!!」
「レイナ…。」
心の内を叫びながらなんとかエクスの足を引っ張り出そうとするレイナ。だが、エクスの足は蔦の間に締め付けられるように挟まっている。かなり強い力で締め付けられているのか、挟まれてる箇所がうっ血して、少し青く染まってしまっている。蔦をこじ開けようにもレイナの力ではどうしようもない。魔法を使って無理やり豆の木を破壊することも考えたが、エクスも巻き込んでしまうのは目に見えている。レイナにできることは限られていた。
自分でどうにかできないなら、誰かに助けを求める他に選択肢は無い。エクスをこの場に置いていくことに後ろ髪引かれる思いになりながらも、助けを呼ぶために立ち上がるレイナ。極限の状態で立ち上がるだけでも相当きついが、力を振り絞って立ち上がる。
そこで、不自然な変化に気づいた。豆の木とエクスに気を取られていて気付かなかったが…。
「あの巨人は…どこ…?」
自分達が先ほどまで相手をしていた豆の木の巨人の姿が、どこにも見当たらなかったのだ。周囲を見渡しても、あの巨体が影も形もない。あの巨人も豆の木の急激な成長に巻き込まれたのだろうか。そう思って豆の木に今一度目を向けるも、やはりその姿はない。
不審に思ったレイナは、意識を集中させる。ただ身を隠しているだけなら、近くに混沌の気配が残っているはず。傷ついたエクスを見て焦る心を何とか抑え込み、気配を探る。そしてすぐに混沌の気配を察知した。
だがまたしても違和感を抱くことになった。すぐ近くに気配は察知できるが、あの巨人から感じられたものに比べると、明らかに弱くなっている。ただカオステラーが弱っているということも考えられるが、それにしても先ほどと落差が激しすぎる。巨人の姿が見えないことに関係しているのだろうか。
さらに、豆の木の発生の直前にも感じられた二つ目の混沌の気配が、消えていない。いや、むしろ、そちらのほうが強くなっている。というより、近づいている…?
「…レイナ…」
ふと、足元から声がした。他ならないエクスの声だ。声がかすれ、痛みに顔をくしゃくしゃにしながらも、必死にレイナに呼びかける。レイナもすぐに意識をエクスに戻すが…。
「…後ろ!」
彼はレイナに背後への警戒を促す。残った力で絞り出した彼の言葉を受け、彼女は反射的に後ろに向けて首を向ける。
「あーあ、酷いもんだね。さすがにやりすぎたか?」
振り向いた先にいたのはまだあどけなさの残る笑みを浮かべる少年。だがその目はもはや死人のそれと見まがうほど、生気のない暗い目だった。
頭に王様が被るような豪華な王冠、目が痛くなる程にきらびやかな装飾で飾られた鎧に、それに似つかわしくないボロボロの紫色のマント。その手には銀色の大きな盾と、緑色の刃の槍を携えている。
その少年の顔に、二人は見覚えがあった。かつて調律の旅をしていた頃、幾度となく彼の力を借りてピンチを切り抜けてきた。特にエクスは、レイナから導きの栞を受け取り、初めてコネクトをしたのが彼である。その顔には、懐かしささえ感じる。
かつて共に旅をしてきた仲間であり、同時に調律の旅の最後に立ちはだかった壁でもある少年。
「あなたまで関わっていたなんて…、想定外だわ…ジャック!」
天に伸びる豆の木を登り、天空を目指し、豆の木の頂にそびえたつ巨人との戦いをつづった英雄譚。
―――伝承「ジャックと豆の木」
目の前に立つ少年は、その伝承の主役そのものであった。
ジャックはエクスとレイナを一瞥したあと、二人のいる場所とは違う方向へと歩を進める。そしてすぐ止まったかと思うと、その場にしゃがみ、何かを拾い上げた。
それは半月の形をした金属片だった。しかし、弧を描いてない辺が歪な波状になっている。元々円型だったものが割れたかのような形であった。金属片を拾い上げるや否や、ジャックはそれを己の鎧の中にしまい込んだ。
その瞬間、レイナが今まで抱いていた違和感と疑問の招待が、全て判明した。
弱まっていたものの、確かに近くにあった巨人の放つ気配が、あの金属片から感じられたのだ。そしてそれをジャックが拾い上げた瞬間、今まで感じていた二つの混沌の気配が、一つになったのである。
そして、レイナの脳裏に、あるものがよぎった。今日の昼間、イノセとルゼの力を試すための試金石として、サードに渡しておいた二つのコイン。一つはタオとシェインの手に預けられ、もう一つは…。
「なぜ、そのコインをあなたが持っているの!?」
そこでやっと分かった。今まで感じていた気配は、子供たちの試験の為に用意した混沌のコインから発せられたものだったと。それがなぜジャックの手に渡ったのかは分からないが、神殿内に突如はびこったヴィラン達も、そのコインに宿した混沌の力を利用して発生させていたのだろう。
「ようやく気付いたようだね。君たちが用意したものだし、すぐにばれるかと思ってたんだけど。そうさ。これに少し細工をして、力を増幅させたのさ。それでも、思っていたほどの力は得られなかったけど。これをつかって生み出したヴィラン達の質も量も、大したことなかったしね。」
やはり思った通りだ。
だがまだまだ疑問は尽きない。それどころか、話をすれはするほど、疑問が次々と湧き出るように生まれてくる。…。
「そのコインはクロヴィスとエイダが預かっていたはずよ。二人をどうしたの。」
「…。」
「…なぜこのフィーマンの想区にあなたがいるの!この豆の木はあなたの仕業なの!?一体、何が目的なの!!」
「…あの巨人も言ったはずだよ。」
そう言って、ジャックはその手に持った槍を二人に向けて構えた。
「『話す義理はない』ってね。」
相手は敵意を隠す気は一切無い。これ以上話しても無駄だろう。だが、レイナは豆の木の発生によるダメージで立つのもやっと。エクスは今もなお豆の木に足を締め付けられ、その痛みに苦しんでいる。二人とも、とても戦える状態ではなかった。それでも、残った力を振り絞って、守るように夫の前に立ち、その手の杖を構えるレイナ。ここで自分が引くわけにはいかない。ここで何としてもカオステラーを留めなければならない。
しかし、その彼女の勇敢とも無謀とも言える行動に異を唱える者が一人。
「レイナ…ダメだ…逃げて…。」
「…。」
「せめて…君だけでも…。」
「……。」
強がって見せても、弱々しい立ち姿の妻の身を案じ、自分を置いて逃げるよう促すエクス。あまりの激痛で意識も朦朧としてきているのだろう。その声は、先ほどよりもか細く、聞いてるだけでも痛々しく、レイナは胸が張り裂けそうになる。
このままジャックに立ち向かえば、最悪の結果になることは見え透いている。エクスの言う通り、せめてレイナだけでも逃げるべきだろうか。二人そろって心中など、彼の望むところではないであろう。
だが…。
「…馬鹿ね、貴方は。何年この『調律の巫女』と共に生きているの。」
「レイナ…?」
「昔、鏡の国の想区で、あなたは言った。『僕はあっという間にいなくなったりはしない。絶対に、一人にしない』って。あの頃の約束、忘れたなんて言わせないわ。」
目の前の敵に向けて鋭い視線を向けつつも、エクスに自らの気持ちを告げるレイナ。満身創痍であるはずの彼女の瞳は、一切の曇りはなくどこまでも透き通っている。
「あなたはその言葉通り、ずっと私のそばに寄り添ってくれた。『オズの魔法使いの想区』、『白雪姫の想区』、『万象の想区』。そして、『プロメテウスの想区』でもそうだった。私が泣きそうなとき、挫けそうなとき、消えてしまいそうなときも、いつだってあなたは私を支えてくれた。寄り添ってくれた。命を救ってくれた。あなたに助けられたことなんて一度や二度じゃない。そんなあなたを見捨てるなんて、たとえあなたが許しても、私は許さないわ。」
「…。」
「でも、二人で心中するつもりはないわ。子供たちの成長を見届けないで私たちが死ぬわけにはいかないじゃない。私たちは生きる。生き続ける。どんな困難だって、絶望だって、今まで何とかしてきたじゃない。きっと今回もどうにかなるわ。」
彼女は、笑っていた。
足元はおぼつかず、体もふらふら。誰が見ても今の彼女は、ただ空元気を振り絞り、強がっているだけの人間にしか写らないだろう。だが、今の彼女は欠片も絶望などしていない。根拠などどこにもなく、この最悪な状況を覆す考えなども、恐らくないだろう。それでも、自分たちの勝利を疑わない。こんなところで死ぬなんてこれっぽっちも思っていない。彼女の声色には、そんな強固な意志が読み取れるようだった。
自分は、妻のことを甘く見ていたのかもしれない。そうエクスは思った。そうだ。自分たちはいつだって、どんな絶望にも立ち向かってきたじゃないか。一度目の旅の終わりに起こったあの悲劇、二度目の旅の最後の戦いに突き付けられたあの絶望。どれもこれも、最後にはどうにか乗り越えてきた。歩みを止めなかった。最後まで、駆け抜けた。今更この程度、どうということはない。何より、目の前の妻がこんなに頑張っているのだ。それを自分が否定してどうするというのだ。
今、自分がやるべきことは妻を戦場から追い立てることではない。ならば―――
気が付けばエクスは、豆の木へ手を伸ばし、自らの足を潰さんとしている巨大な蔦の隙間に手を入れ、渾身の力を込めてこじ開けようとする。少し動いただけでも足にひどい痛みが伝わってくるし、こんなことをして脱出できるとは思っていない。だが、何もやらないわけにはいかなかった。レイナにだけ戦わせて何もしないなんてできない。せめて、自分のできることをしなければ。こんなところで終わってたまるか!
「…諦める気は、少しも無さそうだね。」
その様子を傍観していたジャックがようやく口を開く。
「あなたこそ、私たちの話が終わるまで待つなんて、ずいぶん余裕なことね。」
「最後の会話を邪魔するほど、無粋じゃないつもりだよ。」
「あら、紳士ね。でもおあいにく様。私たちはここで終わるつもりは毛頭無いわ!!」
睨み合っていたジャックとレイナがとうとう動き出す。
ジャックは頭上で槍を振り回し、その勢いに任せてレイナに向かって槍を振り下ろす。魔法を唱える間も与えられず、レイナはとっさにその一撃を手に持った杖を構え、受け止める。
だが、受け止めたは良いものの、片やカオステラーに身を堕とした男性。片や細腕の、しかも先の戦闘で疲弊しきってる女性。力の差は歴然だった。そのままレイナは相手の槍に力ずくで地に伏せられてしまう。
「うっ…!!」
「レイナ!!!」
妻の悲痛な姿に思わず叫ぶエクス。だがジャックは無情にもそのまま仰向けになったレイナの心臓に向けてすかさず槍を突きつける。
「さあ、チェックメイトだ。」
エクスは未だ足を潰されて動けない。レイナも、ダメージと披露が蓄積しすぎている。先程のジャックの攻撃に咄嗟に反応できたのもほとんど奇跡に近い。
この状況の、どこに希望などあろうものか。
このままレイナは心臓を貫かれ、エクスも後を追うように…。
―――「死」
(…そんな結末、認めるわけないでしょ!!)
それでもまだレイナの眼は輝きを失わない。この絶望の中であっても、彼女は微塵も諦めていない。
頭を最大限に回転させ、ボロボロの身体に心の中で渇を入れる。
(お願い…!もう一度動いて…!)
体に渾身の力を入れて何が何でも動かそうとするレイナ。だが、体はすでに限界を超えているし、目の前のジャックが立つのを見逃してくれるわけがない。
「…往生際の悪い!」
レイナの心臓に向けて、ジャックの槍が襲いかかる。今度こそ確実にレイナの息の根をとめるために。
「レイナァァァぁぁぁぁぁぁ!!!!」
目の前で最愛の人が殺されそうになっている。だのに自分はただ叫ぶことしかできない。こんなに呆気ない終わりを自分達は迎えてしまうのか。
理不尽な結末を悔やんでも悔やみきれない。
無力な己を恨んでも恨みきれない。
自分達の足掻きも空しく、全てが終わる…。
「女神ぱわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ぁ!!」
槍は、届かなかった。
代わりに、戦場に何者かの横槍が入れられた。
突然目映い光が迸り、豆の木の麓を包み込んだ。
「なっ…なんだ!?何が起こった!?」
たまらず眼を瞑ってしまうジャック。
反射的に取ったその行動が、彼の命運を分けることになる。
「チェストォォォォォォォォォ!!!!!」
「は?…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
どこからか女性の甲高い声が響いたと思った次の瞬間、ジャックの脇腹にものすごい勢いで何かがぶつかり、そのまま大きく吹き飛ばされる。
「エクスさん!!レイナさん!!」
ようやく光が収まったと思ったら、二人を心配する女性の声が聞こえてきた。先程の声とはまた違う声色だったが、二人はその声が誰のものか、すぐにわかった。旅をしていた頃も、この想区に住むことになったあとも、幾度となく顔を合わせてきた、あの女神のものだ。
「キュベリエ…!!きてくれたのね…!!」
安堵の表情を見せるレイナ。キュベリエも状況をすぐに察し、顔面蒼白で二人の元へ駆けつける。
「一体何があったんですかレイナさん!?そんな姿になって…。エクスさんまで!!」
「…ごめんね。キュベリエ…。迷惑かけちゃったね…。」
「何が迷惑なものですか!お二人に何かあったら私、死んでも死にきれません!もうあの時のような後悔はしたくありませんから!!」
「キュベリエ…。」
エクスの謝罪の言葉も気に留める余裕もないキュベリエ。すぐに二人の救出に取りかかる。まずは、エクスをどうにかしなければ。
「待っててください!今、女神ぱわーで助けてあげ…。」
「ルゼ!!!」
レイナの声に反応してキュベリエが振り返ると、そこには、混沌に堕ちたジャックを相手に槍と拳の応酬を繰り広げているルゼの姿があった。ジャックはかなり強く蹴られ、吹き飛ばされたはずだが、もう復帰していたらしい。カオステラーとしての力もあるのだろうが、なんとタフなことか。
「よくも…よくもお父様とお母様を!!」
自分の大好きな両親が、目の前の男に傷つけられた。その事実に怒り狂うルゼはジャックに拳と蹴りを浴びせ続ける。吹き飛ばされ、体制を整える間もないジャックはなんとか盾を構えるも、ルゼの連撃を受け続ける他無かった。。
一方的に見える状況だが、その内、ジャックの体に力が戻ってくる。
「しゃらくさい!!」
手持ちの盾をルゼの蹴りに合わせて引く。盾に当たるはずだった攻撃が空を切り、ルゼは思い切り体制を崩す。その瞬間に引っ込めた盾を突きつけてルゼを殴り飛ばす。
「え…きゃあ!」
反応が間に合わず、盾の一撃をまともに受けてしまい、後ろへ吹き飛ばされ、倒れてしまう。体勢を整える前にすかさずジャックの槍が降りかかる。
パァン!!!
だがその瞬間に、軽い爆発音が響いた。
ルゼを襲うはずだった凶刃は彼女には届かず、槍を持っていた手にビリビリと痺れるような鈍い痛みが走る。突然走った痛みに思わず槍を落としそうになる。ジャックが咄嗟に後退り、自分の手の甲を見てみると、いつの間にか小手に小さな凹みが出来上がっていた。
---それはまるで、硬い弾丸で撃たれたような跡であった。
「…誰だ!」
何者かが攻撃してきたであろう方向に向けてジャックの怒号が響く。
その先の瓦礫の陰から現れたのは、剣と猟銃を携えた大柄な体格の男---狼の森の猟師---であった。
猟師は銃を構え、ジャックにその銃口を向けながらその場にいる人間の視界に入り込む。
「…無事…ではなさそうですが、一命は取り留めたようで安心しました。父様、母様。」
猟師が発した言葉は、エクスとレイナに対する心配と安堵の言葉。その言葉から、二人はすぐにその正体を察した。
「あはは…情けないところを見せてしまったね。イノセ。」
「ホント…想区の管理者の私がこれじゃあ、カッコつかないわ…。」
「いえ…。」
両親は弱った声でイノセに語りかける。だがイノセは二人の言葉に対して、気に病まないでほしいと、首を横に振ることで自分の意思を伝える。
そしてジャックのいる方向へ向き直す。何も言わずとも、確かな怒りを込めてジャックを睨み付ける。
さらにルゼも体勢を整え直し、ジャックを睨み付けて身体を構える。
己に敵意を隠さずに向ける二人を見て、ジャックは気づかれないようにほくそ笑む。
「…役者は揃ったか。」
彼の声はおそらく誰にも気づかれていないだろう。だがその言葉は、間違いなく戦いの再開を告げるゴングとなった。
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