一回戦 後編
剣を振りかぶったのはいいが、相手は全く堪える様子がない。このままでは埒があかないのは明白だ。だが、こちらが少しでも隙をみせると、確実にタオ側に加勢しに行くであろう。二人揃われてタッグを組まれてしまうと、たとえイノセとルゼの二人掛かりでも、勝利は厳しくなる。
「私を押さえて、タオ兄との合流を阻止するのは悪くない判断です。」
余裕を崩さないシェインの口から、イノセへの行動の評価が下される。
「ですが…。」
そう言うと共に身体を捻らせてイノセの剣をいなし、下腹部に強烈な蹴りを食らわせる。目の前にしか注意をはらっていなかったイノセは蹴りをまともに受けてしまい、大きく後ろに吹っ飛ぶ。
「もっと視野を広げなさい。一ヶ所にだけ集中してばかりでは、今みたいに手痛い不意打ちをくらうことになりますよ。相手が自分の思った通りに動くことなど、そうそうありません。」
地面に伏し、咳き込むイノセに忠告をするシェイン。さらに頭の中から、コネクトした猟師の言葉が響く
―――彼女の方が一枚上手か。だが、今は痛みを堪えて立ち上がれ。弱ってる姿を見せたら、こちらが狩られる側になるぞ!
猟師の叱咤が頭の中で反響する。今倒れれば残る道は、こちらがやられるか、姉がやられるか、二つに一つ。腹への一撃で息もまともにできないが、気力を振り絞って立ち上がり、再び相手の姿をその目に捉える。と同時に…。
「敵から目を離すなんて言語道断です。一瞬でも相手の姿を見失ったら、その時点で死ぬと思いなさい。」
立ち上がる間にシェインから距離を詰め、イノセの腹に目掛けて刀の峰を薙ぐ。咄嗟に剣で受け止めるも、先程のダメージが身体に残っていたため、あっさり態勢を崩され、再び吹き飛ばされてしまう。
大柄な男のヒーローとコネクトしてるイノセとシェインでは体格の差は歴然だというのに、これほどまでに明確な実力の開きがあるのか。立ち上がるのもやっとの状態のイノセは、そんなことをぼんやりと感じている。
「この体たらくでは、旅に出るにはまだ早いと姉御とエクスさんに報告しないといけませんかね。さて…。」
冷ややかな視線をイノセに向けながら、シェインは淡々と言い放つ。そしてタオとルゼの方を見る。
「くそっ!さっきから剣がちっとも当たらねぇな!?」
「タオさん意外と動きが単純だもの!動きが読めて楽だわ!」
「はっ!精々言ってやがれ!!ならもっとキッツいのを見舞ってやらぁ!!」
思いの外、タオは苦戦しているようだった、タオの繰り出す剣戟は悉く紙一重のところで避けられて、ルゼには当たっていない。それどころか、回避の合間をぬってルゼからの反撃を受けているようだった。ルゼの一撃はまだ軽いジャブ程度ではあるが、戦いが長引けばどうなるかわからない。
「全く、若者相手になにやってるんですかねタオ兄。どれ、ちょっと助太刀しますかね。」
そういって懐から取り出したのは、一つの小さなきび団子。それをのせた手をルゼのいる方へ伸ばし、もう片方の手で刀を構え、団子を突く態勢をとる。
鬼ヶ島流奥義きびだんご地獄―――
言うまでもなくシェインも空白の書の持ち主。戦闘はもちろん導きの栞を使った戦いが主となる。
だがこの技は彼女がコネクト無しで、己自身の体で使うオリジナル技。宙に投げた専用のきび団子を刀で突き、前方へ向けて一直線状の大爆発を巻き起こす。
軽く団子を垂直に投げた団子を基準に、ルゼのいる方向に狙いを定めて渾身の突きを放つ。
「くらいなさい。お転婆姫。」
パァン!!!
討ち取った。シェインは団子を貫く瞬間、そう確信した。
だが、宙へ放った団子は刀が貫くのを待たずに空中で爆ぜた。後に残ったのはなにもない空間でただ空を切った刀が残るのみ。
何が起こったのか。状況が全く飲み込めないシェインだったが、その理由はすぐに判明した。
即座に周囲を見渡したシェインが見つけたのは、猟師の姿。苦痛に顔を歪ませながらも背に抱えていた銃を手に持ち、こちらに向けて構える猟師の姿だった。シェインの刀よりも、猟師の弾丸がきび団子を先に撃ち抜いたのだ。
「敵から目を離すなと、最初にあなたは言ったはずです…!」
痛みを隠せなくとも、覇気のこもった瞳を少女に向けて睨み付ける猟師の姿のイノセ。
―――一寸の狂いもない正確な狙撃。見事だな。
頭に響く猟師からの称賛の声。だが今のイノセに、その声に耳を傾けてる余裕は無い。
「おっと…。私としたことが、油断しすぎていたようですね。これはお恥ずかしい。」
口ではそう言うシェインだが、その口調、態度からは、余裕がなくなったような様子は見られない。だが、喋り終わるとその顔はすぐに険しい表情へと変わる。
「…ではこちらもそろそろ本気を見せましょうか。鬼ヶ島流の恐ろしさ、思い知りなさい。」
すかさずイノセと距離を縮めて斬りかかる。負けじとイノセも立ち上がり、剣を構えて迎撃の態勢をとる。二つの刃がぶつかり合う音が辺りに響いたのは、その直後のことであった。
「シェインのやつ、あんな技使おうとしやがって、こっちまで巻き込まれたらどうする気なんだよ…。」
場面は変わり、タオは妹分である小鬼の少女を一瞥し、ポツリと洩らす。彼女との付き合いは一行の誰よりも長い。故に、十分に信頼してはいるのだが、こちら側に向けて大技を躊躇無く繰り出そうとするシェインの行動に一人戦慄した。
と同時に空を切りながら自分の顔に喧嘩相手の蹴りが迫ってきた。咄嗟のところでかわすが、顔の横を掠める。すかさず手に持った太刀を振るうも、相手はすぐに距離を空ける。
「ちょっとタオさん?人がせっかく真剣に戦ってるのによそ見するなんてあんまりじゃない?」
ステップを踏みながら不満そうな顔を浮かべるルゼ。そのまま深く踏み込み、距離を詰める。
「もう一発!!」
その勢いのまま大男の顔に目掛けて自分の拳を突き出す。狙いは正確。今度こそは外さない。そう確信した少女の拳は、何の迷いも見られない自信に満ちた一撃として、目の前に炸裂する。
だが…。
「…っらぁ!!!」
タオはその拳をかわさず、あろうことか拳に目掛けて自らの額をぶつけたのだ。そのまま少女の拳と男の額は互いに激突し合った。両者の肉と肉、骨と骨がぶつかり合う鈍い音が辺りに響く。
己の勝利を信じてやまなかった少女は、予想だにしなかった己の武器への一撃を許してしまった。その代償は大きく、タオの頭突きをまともに受けてしまった拳はその衝撃で、強い電流が走ったかのような鈍く、痺れるような感覚が支配してしまっている。今の状態ではろくに動かすことも叶わない。
痛みを堪えながら、自らの片腕を押さえる少女の姿を見て、タオはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「へっ!悪かったな。お前のアプローチを受け止めてやらなくてよ!そら、お返しだぜ!!」
額に強打を食らい、ふらついてるにも関わらず啖呵を切るタオ。手に持ってる太刀の峰をルゼの頭へ向かって振り下ろす。
「…がっ!」
頭に一撃をもろに受けて態勢を崩してしまう。その隙をタオは見逃さず、深くしゃがみこみ、ルゼの足を払い、倒れこんだところへ再び太刀の峰一閃。先ほどとは違い、なすがままのルゼは、そのまま弾き飛ばされてしまった。
すかさず追撃をせんと太刀を強く握りしめ、地面を蹴り、ルゼに向かって振りかざすタオ。しかしその刀身は炎を帯びて、熱で赤く染まっている。
鬼炎烈轟---
邪な力を払う炎で己と刀を清め、同時に相手を焼き切るタオの剣術。タオの全身全霊を込めた必殺の一撃。
本当なら、相手の力量を試すことが目的のこの戦いで使うには少々過ぎた技かもしれない。しかし、この短い戦いを経て、ルゼがこの技を使うに相応しいだろうと彼は判断したのだ。どのみち、これくらいのピンチはどうにかできなければ、旅に出ても長くはもたない。
(とったぜ!)
紅蓮色の刀身がルゼを襲う。その刀身の炎は、ルゼのみならず、周囲の空気すらも焼き付くすかのようだった。
しかし…。
がしっ!
「…へ?」
痛みに悶え、地に伏してるはずのルゼは、全身をバネに、瞬間的にタオの顔に飛びかかる。
自分の両太ももでタオの顔を強く挟み、体を仰け反らせ…。
「っはぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
「う…うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
潰れていないもう片方の手の平を地に付け、腕の力と仰け反る勢いに任せ、そのまま足でタオを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたタオはなす術無く宙を舞い、そのまま地面に背中から強く叩きつけられてしまった。呼吸ができなくなるほどの衝撃が背中に伝わるのをタオは感じた。
「ゲホッ…かはッ…!」
「コフッ…はぁ…はぁ…!!」
お互いに息をするのもままならないはずだが、それでも闘志は全く衰えない。タオはすぐに立ち上がり、ルゼもなんとか息を整えて戦いを続行する態勢に入る。
チャリン…!
その時、何か細かい金属が地にぶつかった音が辺りに小さく響いた。その場にいた者達が視線を向けると、そこに落ちていたのは、挑戦者である二人が求めていたもの。
「…しめた!!」
いち早く反応したイノセがコインに手を伸ばしその手の中に納めんと駆け出す。
「させません!」
後に続くように状況を察したシェインも、イノセにコインを取らせまいと手持ちのきび団子を掴めるだけ掴んでイノセに向けてばらまく。地にぶつかった団子が爆発を起こし、爆風と共に土煙を上げる。
「イノセ!!」
その光景を間近で見たルゼの口から叫喚の声が発される。だが、その声に反応する様子は土煙の中からは感じられない。
だが、土煙の中から、ルゼの方へ向かってくる人影が見えた。だんだんとこちらに近づいてくる。そして…。
「姉様!コインはゲットしたよ!!早く行こう!」
土埃を身体中に付けながらも大事には至っていない様子のイノセがルゼの目の前に飛び出してきた。その姿も、コネクトした猟師の姿ではなく、元の姿に戻っている。
長袖の白いシャツに黒いズボン、そして一際目を引く真っ白な短髪に赤い瞳の右目と金色の瞳の左目をもつ青年の姿へと。
「え?行くって、え!?まだタオさんとシェインさん倒してないわよ!?」
「サードさんはあくまで奪えとしか言ってないんだ!無理に倒す必要なんてないんだよ!さあ、早く行こう!!」
「え?あっ!ちょっと!!」
いまいち弟の話を飲み込めていないルゼをよそに、イノセは姉の腕を引っ張り、急いでその場から全速力で逃げ出す。後には、タオとシェインだけがその場に取り残されるだけだった。
慌てて逃げる姉弟の後ろ姿を見送ったタオとシェイン。やがて姉弟の姿が見えなくなると、タオはその場に座り込み、シェインも大きなため息をついた。ひとしきり戦って力の抜けた二人は互いに一瞥しあって言葉を交える。
「取り戻さなくていいのかよ?」
「あいにく、きび団子は使いきってしまいました。今追いかけても無駄でしょう。そう言うタオ兄こそいいのですか?」
「おう。からだのあちこちに重い殴りだの蹴りだの貰っちまったからな。悔しいが、今回は俺たちの負けにしといてやろうぜ。」
「…まあいいでしょう。お互い、最後にしてやられましたしね。」
二人とも、少し複雑な気持ちではあるものの、今回の戦いに関しては合格と認めたようだ。少しばかり疲れたのか、シェインもタオの背中に寄りかかる形で腰を下ろす。
「ところでよぉ、シェイン。俺が渡したアレ、今付けてないのか?」
「今はポケットにしまってありますよ。作業するには邪魔になりますし。」
「そっか。安心したぜ。まあ俺も戦う前に一旦外してるんだけどよ。」
言い合いながら両者が取り出してみせたのは、手のひらに収まるサイズの小さな箱。タオが聞いてきたのは、おそらくその箱の中身の所存なのだろう。
「…つーかよぉ、いつまでその「タオ兄」呼びは続くんだ?今の俺たちはそう呼ぶような中じゃないだろ?」
「なんと言われようとやめるつもりはありません。シェインにとって、「タオ兄」は「タオ兄」なんです。」
「…ま、お前がいいならいいんだけとな。」
頑なに彼の意見を拒否するシェインと、少し複雑だがまんざらでもなさそうなタオ。周りに何もない空間に残った二人は、今は互いの背中の温もりを感じながら、戦いの疲れをゆっくりと癒すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます