二回戦…?

 「どうやら、撒いたみたいだね…。」

 「いきなり腕引っ張って走り出すからさすがにびっくりしたわよ!弟を引っ張るのは姉の役割なのに!」

 「姉様がそんな役割持ってるなんて初めて聞いたんだけど…。」


 あれからひとしきり走って街中を逃げてまわった二人。タオ達が追いかける姿が見えないことに、とりあえず安堵するイノセと、弟に引っ張りまわされたことに不満をもらすルゼ。実のところはイノセがコインを手にいれた時点でタオ達は二人の後を追うことをしなかったのだが、二人は知るよしもない。


 「…それにしても、あんな勝負のつきかたって納得いかない。ちゃんとあの二人と決着をつけたかったわ!」

 「この試験の本筋はあの人達が持っているコインを持ってくることであって、あの人達を倒すことじゃないんだよ。時間制限もあるし、無駄な時間や体力を使うわけにはいかないよ。隠し場所だって、1から探さなきゃいけないし。それを考えたら、まともに戦ってなんていられないよ。」

 「でも…。」

 「今の僕達じゃあタオさん達の相手なんて、それこそ日が暮れるまで戦っても敵うかどうか。相手との力量差をちゃんと見極めろって、姉様のお師匠さんにも言われてるんでしょ?」

 「むぅ…。」


 隣で未だ腑に落ちないと顔に書いているルゼを置いといて、さっさと次の隠し場所を探しにかかるイノセ。

 とにかく一つ目の目標は達成できたのだ。次の隠し場所を見つけなければならない。仮に見つけられたとしても、日没までに神殿に持って行かなければ意味がない。

 日はだいぶ傾いている。もう少しで夕方といったところか。あまり時間がない。早く探さなければ…。顔には出さないものの、焦る気持ちを押さえるのもやっとなイノセ。再び混沌の気配を探ろうと意識を集中させる。残るはあと一つ。

 だが…。


 「…あれ?」


 イノセが感じたのは、混沌の気配ではなく、違和感。

 弟の様子が変わったのを感じたルゼは、イノセの顔を覗き込む。


 「どうしたの?イノセ。」

 「…気配が、わからない…?」

 

 今、手元にあるコインから発せられる混沌の気配は確かに感じられる。だが、もう一つあるはずの混沌の気配がどこにも感じられないのだ。


 「えー!!サードさんが持ってた時は二枚ともあのどす黒い気配があったわよね!?わからなくなっちゃったら、何を頼りに探せばいいの!?」

 「落ち着いて!もう一度探ってみるから!!」


 今一度、意識を集中させる。手元のコインではなく、この町のどこかにあるはずの、もう一つの禍々しい気配。必ずある。ないはずがない。もっとしっかり探せ。全神経を使え。そう自分に言い聞かせてひたすらに気配を探る。目を閉じ、耳を塞ぎ、意識を集中する。必ず見つけ出さないと。


 明らかに焦ってるイノセを見て、ルゼも落ち着かなくなる。ルゼはカオスを察知する能力は、弟より疎い。一緒に混沌を察知する、ということができない。こんなときに大切な家族の力になれない自分がもどかしい。

 せめて周りに怪しいものがないか、辺りを見渡してみる。どんなものでもいい。何か手がかりになりそうなものは…。

 その時ふと、妙な視線を感じた。街中の人々の喧騒の中でもなんとなくわかる、こちらをじっと見続ける視線を。


 「…ねぇ、なんか変な視線を感じるんだけど。」

 「僕も…何か妙な気配を感じたところ。」


 イノセもなにやらおかしな気配に気づいたようだ。それは自分達が探してる混沌とは違う。むしろ、母や神殿内から感じるような類いの清らかなもの。

 二人は辺りを見渡してみる。この街の人混みの中で、誰か分からない一人の人間を探している場合ではないと、イノセも頭では分かっているが、それでも探さずにはいられなかった。

 そして、意外にも早く二人の感じた視線と気配の主であろう人物を見つけた。

 二人の目線の先にいたのは、清楚な印象を受ける女性であった。言葉通り純白な裾の長いドレス。しかし胸元があらわになっており、清楚な見た目とのギャップを感じさせる。その肌も美しい色白で、腰を越える程長い水色の長髪に小さい花の髪飾りをつけている。ぱっちり開いた少し紫がかった瞳。その顔はどこかあどけなさを残す。

 女性と姉弟の目線が合うと、その女性は二人に近づき、おそるおそる声をかける。


 「あの…すみません。もしかして、イノセさんとルゼさんでしょうか…?」

 

 どうやらこの姉弟の接触が目的のようだ。姉弟は互いに目線を合わせる。その場の三人の間に、周囲の賑やかさに似つかわしくない沈黙が支配する。しばし気まずい沈黙が続いたが、やがてイノセの方から女性に声をかける。


 「…そうですが、あなたは?」


 イノセは警戒しつつも、肯定をする。その返事を聞いた瞬間、女性の表情がパァッと目に見えて明るくなったかと思うと、急に二人の手をとり、嬉しそうな声をかける。


 「ああ良かった!やっと会えました!お二人共私です!キュベリエですよ!私のことを覚えてませんか?いや、覚えてなくても無理はないですよね!最後に会ったのはお二人がまだ小さかった頃ですもんね!今お二人は…。」

 「うわっ!ちょっと待ってください!一体なんなんですかあなたは!!」

 「そ…そうよ!こっちのことをじろじろ視たと思ったら急に騒ぎだしたり!何者なの!?何が目的なの!!」

 「あ…ごめんなさい。つい…。」


 姉弟の訴えを聞き入れ、申し訳無さそうに距離をとる女性。二人にはこの女性の素性は分からないが、その反応を見て、少なくとも悪人ではないことは察することができた。女性は昂った気持ちを落ち着かせ、言葉を続ける。


 「驚かせてしまってすみません。改めて、私は女神キュベリエ。この世の様々な想区のバランスを保つ役割を持った『浄化の女神』です。」

 「あなたがあの『浄化の女神』ですか?父と母から話には聞いてますが…。」

 「ああ!母様が言ってたポンコツ女神様だ!!」

 「えぇ…やっぱり私はポンコツ呼ばわりされる運命なんですね…。」


 自己紹介をしたはいいものの、二人とその両親の評価を聞いて、地に手を付けて大げさに凹むキュベリエ。

 『調律の巫女一行』『再編の魔女一行』達にも度々顔を見せ、多大に彼女らの旅に関わってきた女神キュベリエ。しかし、普段の気の抜けた言動や、想区の騒動が起こる度に一行に泣き付いて助力を乞う姿から、このような評価を下されている。

 

 「あの…なんかすみません…。ところで、女神様は僕達にどんなご用が?」

 「あ、そうでした!あんまりな批評を受けたショックで忘れるところでしたよ~。」

 「そこまでひどいこと言ってたかな、僕ら…。」


 凹むキュベリエにイノセが優しく声をかけて、すぐに本題を思い出して復活するキュベリエ。こほん、と咳払いをすると、真剣な眼差しで二人に問いかける。


 「お二人は今、旅に出るための試練を受けている最中だと聞きました。その試練の内容も。」

 「ええ。そうよ。そのために、この町の中に隠された混沌のコインを探しているの。」


 この女神が聞きたいのは、どうやら今回の試験に関することらしい。もしかしたら、試験の進行に問題が発生したのだろうか?自分達も、ついさっき混沌の気配が察知できないことに気づいたこともあり、嫌な予感を感じた。




 「その混沌のコインが、何者かの手によって、持ち出されたようなんです。」




 「えぇ!?」


 女神の口から告げられたのは、試験のための重要な道具が盗まれたということ。それを聞いたルゼは驚きを隠せないが、イノセはそんな姉とは対照的に、落ち着いた態度を崩さない。むしろ、今まで拭えなかった違和感の原因が分かって腑に落ちたと感じた。

 だが、そうなるとまた別の問題が出てくる。


 「それじゃあこの試練はどうなるの!?この試練をクリアしないと旅の動向を許してもらえないのに!!」

 「ま…待ってください!それよりももっと大変なことになるかも知れないんです!!」


 食い気味にキュベリエに突っかかるルゼ。肝心の試練の道具が紛失したのだ。今の状況で試練続行できるかは分からない。彼女にとって、弟と共にいられるか否かが掛かってるこの試練は大事なことかもしれない。


 だが…。


 「あのコインには、混沌の力が多少なりとも込められています。実物だけならともかく、気配も隠すなんてことが、できるのでしょうか。それにもしそんなことができるなら…。」


 込められた混沌の力を悪用することもできるのでは---

 そう言おうとした矢先、



 ドォォォォォン!

 ドォォォォォン!

 ドォォォォォォォォォォォン!



 「うわっ!」

 「きゃあっ!!」

 「ちょっ…な、なになに!?」


 突如地面が大きく揺れるのを感じた。地震だろうかと思ったが、短い間隔で大きな衝撃が足の裏から伝わったことで、地震ではないことが容易に判別できた。まるで巨大な生物の足音か、あるいは強力な力で暴れまわっているかのような。そんな衝撃だ。

 突然の事態に、街中が騒然とし始めてきた。うろたえ出す者、家の中へ隠れる者、周囲へ避難を呼び掛ける者、ひたすらに逃げ出す者、皆騒ぎだし、街の中は大混乱に陥った。


 「ちょっ…ちょっと何が起こったの!?」

 「わかりませんよー!でも、自然現象でないことは確実みたいですけど!」

 「と…とにかく建物に近づかないようにしよう!倒壊に巻き込まれたりしたら大変だ!」


 街中の騒ぎも相まって、三人共かなり慌てている。とりあえず、少しでも危険の少ない場所に移動しようとしたその時。


 「…ッ!」


 突然、イノセは今まで感じ取れなかった混沌の気配がハッキリとわかるようになった。だが、おかしい。あのコインから感じたものより、さらに強く、禍々しくなっている。


 「どうしたの!イノセ!」

 「…イノセさん?」


 二人が呼び掛けるが、イノセは答えない。

 意識を集中させる。気配の大元がいる場所は…。


 「…神殿?」

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