試練開始

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フィーマンの試練


 「ほいっ、とうちゃーく。」


 サードの手によって部屋から連れられたイノセとルゼ。今まで部屋にいたと思ったら、次の瞬間に自分達が居たのは…。


 「ここは…。」

 「神殿の外…よね?」

 「そのとーりっ!」


 急に周りの景色が変わり、困惑している二人に、サードが軽い口調で答える。

 しかも景色を見る限り、ここは神殿からかなり離れたところだ。

 今自分達が立っているのは、とても長く大きな橋の上。背後には霧が立ち込めており、その先の景色は全く見えない。そして前方には大きな門、さらにその先には大規模な町が見える。町の端からはまた別の大きな橋が掛けられており、その先にはイノセ達が先程までいた神殿がそびえ立つ。

 この想区に慣れ親しんだイノセでも、今いる場所から神殿まで移動するとなると、どう考えても数時間はかかるだろう。そんな長距離を、この一瞬で飛び越えたというのだろうか。

 もはや魔法か何かで空間を跳躍したとしか思えない現象に混乱するも、そんな暇も与えないと言わんばかりに、サードが話を進める。


 「それじゃあ早速だけど、テストの内容を説明するよ。まずはこれを見て。」


 そう言って、サードが懐から取り出したのは、2つのコインを取り出した。

 

 「…?そのコインがどうし…ッ!」


 イノセが聞こうとする前に、コインからおぞましい気配を察し、後ずさった。その気配は、以前父のカオステラー沈静に動向した際に感じた時に感じたもの。すなわち、カオステラーの気配そのものだった。

 傍らのルゼへ視線をそらすと、顔を僅かに強張らせている彼女の姿があった。ルゼもこの気圧されるような気配を、感じているのだろう。それでもイノセ程表情の変化が少ないあたり、肝がすわっているのか、ただ単にイノセより感じれていないのか。

 そう考えている間に、2つのコインがサードの手の中から一瞬で消えてしまった。さらに驚く二人を余所に、彼女は説明を始める。


 「二人とも感じたでしょ?さっきのコインには混沌の力が少しだけ込められているんだって。これからこのコインを想区のどこかに隠すから、二人で見つけ出して。日没までに神殿まで持っていったら、テスト合格。ルゼもめでたく旅の仲間入りってわけ。」

 「つまり宝探しってわけね?面白そうじゃない!」

 「でも、ただの宝探しじゃないからね?コインの隠し場所には、強力な番人達が待ち構えている。君たち二人の力を合わせても勝てるかどうか分からない戦士さ。彼らと戦ってコインを奪い取らないと、テストに合格できないよ?」

 「上等じゃない!やってやるわ!」


 少し意地悪な笑みを浮かべながら説明するサードに、意気揚々と答えを返すルゼ。彼女の目は、やる気に満ちていた。しかし…。


 「ちょっと待ってください!!」


 そこへイノセが「待った」をかける。このままだと、神殿の時みたいに自分を置いてけぼりのまま話が終わってしまいそうである。


 「ルールは分かりましたが、こちらからも聞きたいことがあります。」

 「ん?いいよ。何かな?」


 サードから質問の許可をもらい、ひとまず安心するイノセ。そして改めて質問をする。


 「…そのテストには戦闘も絡むのは分かりました。でも、父様から導きの栞を受け取った僕はともかくとして、姉様は着の身着のままで来ちゃってます。戦闘もそうですし、なにより…その…あまり外に出歩くには…その、不適切だと思うんですけと…。」


 そう。イノセ達は、ほとんど準備もなく試験を受けることになってしまうのである。

 父から「導きの栞」を受け取ってるイノセはともかくとして、今のルゼは結構な薄着だ。正直なところ、少々目のやり場に困るため、せめて何か羽織るものを与えたい。それが無理でも、せめて彼女にも戦うための準備をさせたい。


 「あー…、それなら、エクスのおにーさんからこれを預かってるよ。」


 そう言って、サードが自分のポケットからなにかを取り出し、ルゼの手に渡した。

 それはなんと「導きの栞」であった。しかし、イノセが預かったものとは、形状や色合いが少し異なっている。


 「これは…フォルテム学院が作ったもの…よね?」

 「そ。あらかじめおにーさんから預かってたんだ。いやー、驚いたなー。まさか導きの栞を作っちゃうなんてね。」


 口ではそう言うものの、全く驚く様子はなく、いつもの軽い調子を崩さず喋るサードであった。


 導きの栞―――

 かつてグリムノーツが作り上げた道具の一つ。数多の伝承にて語り継がれし英雄の魂を宿すことで、使用者と一体化し、その力を行使できる道具。英雄のの運命、魂を宿すという性質上、空白の書の持ち主だけが扱うことができる。

 フォルテム学院はこの栞を元に、人工的な「導きの栞」の量産に成功した。しかしそのクオリティはオリジナルには届かず、今日に至るまで更なる開発を進めているも、未だ完全には至らない。


 「僕はよく知らないけど、なんか使える回数に限度があるんだってね。」

 「はい。あまり頻繁に使いすぎると、栞が耐えられずに壊れてしまうんです。これでも、今までより性能は段違いらしいですけど…。」

 「まあでも、何もないよりかはマシでしょ?おにーさんの話だと、多分今回のテスト中に壊れることはないだろうってさ。」

 

 なんにせよ、戦う準備はこれで整ったと言えるだろう。他に問題があるとすれば…。

 

 「あとは、姉様に上着の一枚でももらえればいいのですが…。」

 「あー…それなんだけど…。」

 「やっぱり…ないですよね…。」

 「いや、そうじゃなくてさ。」


 今までの軽い調子と違い、困った顔をしながら門を指差すサード。


 「よっしゃー!さくっと終わらせて早く旅に出かけるわよ!イノセ!付いてきなさい!!」


 そこには、町へと全速力で駆けるルゼの姿があった。


 「ちょっと待って姉様!一人で先に行かないで!まだ話終わってないから!!」


 勝手に走っていったルゼの後ろ姿を慌てて追うイノセ。しかし彼女と自分の身体能力の差が、どんどん距離を広げていく。全速力で追いかけるイノセ。その二人の後ろ姿を呆然と見つめているサードだけがその場に取り残された。


 「あんな調子で大丈夫なのかな…?まあなんとかなるか。なんてったって、他ならないおにーさんとレイナさんの子供達だもんね。」

 

 すぐに余裕な態度を取り戻し、サードは一人そんなことを呟いていた。









 日がてっぺんより少し傾き始めた頃、コインを見つけるために町中を走りまわるルゼの姿があった。軽装で走り回る姿のせいか、すれ違う人々からクスクスと笑う声が時々聞こえてきたが、ルゼは気にも留めない。弟と共に想区を巡る旅に出るために、一刻も早くこの試練を乗り越えなければならない。

 そう意気込むルゼだったが、ようやく追い付いたイノセに気付き、足を止める。


 「なにしてるのイノセ!一秒でも早くこの試練をクリアしないと!!」

 「いや姉様…あんな小さいコインをこんな広い町の中でまともに探したって見つかりっこないから…。」

 「じゃあ、どうやって探しだせばいいのよ?早くしないとタイムリミットになっちゃうわよ?」


 いまの発言から察するに、考え無しに駆け出したのだろう。ルゼの問いかけに、イノセは多少呆れを見せながら答える。


 「あのコインから混沌の力を感じたよね?あの気配を感じ取って、それを辿って行けばちゃんと見つかるよ。」

 「成る程!さすがイノセ!頭いいわね!」

 「姉様、わかってなかったんだ…。」

 「あたしはそんなに正確に感じ取れないからさ、あまり遠くに離れるとわかんないのよね…。」

 「じゃあ勝手に先に行かないでよ!」


 夫婦漫才さながらのやり取りをやり取りをしていた二人だったが…。


 「またあの姫様、弟さんを困らせてるのか。毎度毎度こりないねぇ。」

 「いつものことさな。本当、いつもあの二人は…。」

 「ふふっ。いやぁ、いつ見ても飽きない光景ねぇ。」


 自分達の周囲から町の住民達が二人の言い合いを見て笑う声がちらほらと聞こえてきた。彼らからすれば、この光景は日常茶飯事なのだろう。住民達から、二人を生暖かく見守る視線を感じた。

 町の人々からの洗練を受けた二人は、急に冷静になって、お互いに顔を赤く染めながらうつむいてしまう。

 

 「…とりあえず、場所、変えようか…。」

 「そうね…。賛成…。」


 いたたまれなくなった二人が逃げるようにその場を去る。

 二人が去った後には、いつも通りの日常に戻る町民達が残されていた。

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