Act.26 森


 シオンたちが立ち去るころには、ルイズも自分で回復魔法をかけていた。ニコラスはそんなルイズの襟をつかみ、右手だけで持ち上げた。


 「ひっ!」


 「・・・・思ったより重いな、お前」


 冗談めかしていったのにも関わらず、ルイズはおびえたままだった。


 「なあ、」


 「は、はいぃ」


 「生きてたいか?」


 重い言葉だった。


 「は、はい!」


 「なら俺の言うこと聞くか?」


 「・・・はい」


 観念したかのようにうつむいたルイズを床に下ろし、ニコラスは宣告した。


 「左腕をよこせ」


 「・・・・え?」


 「聞こえなかったか? 腕だよ」


 「わ、私には体の損傷を治すことはできません」


 「・・・・・・何か勘違いしてないか?」


 「え?」


 さらに呆けた表情になったルイズに、ニコラスは続けた。


 「義腕のことだよ」


 「え、え?・・・」


 「その分の金を俺にくれ。それで命は取らない」


 「そ、それでいいんですか・・・?」


 懇願するかのような表情で必死に媚びてくるルイズは、今までの上品な女性と同一人物は思えないほどに痛々しく、その身を飾っているドレスも宝石も意味をなしていなかった。


 「ああ。それでいい」

 

 (正直、腕の一つでも千切ってやりたいところだが、今の俺はヤクザじゃないし、なんかかわいそうになってきた)


 やられたらやり返すというのは、ヤクザ社会では当たり前のことだった。そうしたほうがわかりやすかったし、痛みを伴う教育になったからだ。


 しかし、今のニコラスはギルドの職員である。そういった常識は通じない。


 「あ、ありがとう・・・・」


 「気にするな」


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 屋敷を出た3人は、早速裏手にある森に向かっていた。


 「ここの森にあるんでしょうかね」


 「だと思います。彼がウソをついている様子はありませんでしたし」


 「こんな広いとこから探すのかよ。めんどくせえな」


 ファビアンはやはりつまらなそうに頭を掻いている。シオンとラッドはそんな大男をあきれたように見つめていた。


 「私が魔法を使いましょう。捜索すれば何かしらわかるかもしれません」


 ラッドが一歩前に踏み出し、口を開いた。いざ魔法を使おうとした瞬間、絹を裂くような、歪な笑い声がかすかに聞こえてきた。


 「・・・・・い、今の聞こえましたか?」


 シオンがうかがうように言った。額には玉のような汗が浮かんでいる。


 「あ、ああ。女の笑い声だった」


 めずらしくファビアンが冷静になっていた。それほどまでに異常な悲鳴だったのだ。


 「こ、この森には入っても大丈夫なのでしょうか」


 3人のつぶやきは、深い森に吸い込まれていった。


 ※次回更新 6月27日 21:00

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