Act.19 思惑


 「少し、よろしいでしょうか」


 食後のコーヒーを楽しんでいると、初老の紳士が話しかけてきた。アイン・スターシュタットよりは若く、しゃんと伸びた背と、顔に刻まれた皺は経験と知識の多さを物語っていた。


 「なに?」


 それでも、ニコラスは態度を変えない。というより、変えられない。こういった魔法師同士の闘争監督を経験済みのニコラスにとって、誰か一人と親密になるというのは、参加者にあらぬ疑いをかけられることを知っているからだ。


 「ラドルフ・リーガルと申します。到着した時に挨拶ができなかったものですから」


 「ニコラス・アルカンジェロ。今回の監督役を引き受けたギルドのものだ」


 「よろしくお願いいたします」


 特に変わった会話でもなかったと思うが、参加者たちは皆、耳をそばだてていた。すると、少女を伴っている青年が立ち上がり、お互いに自己紹介しましょうと提案した。


 その純真な笑顔に当てられたのか、皆賛成した。


 「では、言い出した私から。シオン・マイヤーと申します。こっちは、妹のアンバーです」


 きっちりと明るい色のスーツを着こなした青年が、少女を立たせながら言った。


 「私は、ルイズ・スターラッドと申します。よろしくお願いしたします」


 ニコラスの隣で、声が上がった。


 「俺は、ファビアンだ」


 ニコラスに憎まれ口を叩いていた大男が、短く、ぶっきらぼうに言い放った。さっきの老人もあいさつし、再び応接間に沈黙が落ちた。


 -------------------------深夜


 ニコラスはぐっすり寝ていた。が、他の魔法師はいくらか起きている。

 

 「なにか、聞きだせましたか?」


 青年、シオンが窓の外を見ながら言った。そばのベッドでは妹が寝ているので、彼の部屋のようだ。


 「いいえ。どうにもこういった闘争には慣れている方のようでして」


 シオンの問いに答えた声は、女性のものだった。サイドテーブルに置いたグラスを持ち上げ、優雅にワインを飲んでいる。


 「かのルイズ・スターラッドの色香で惑わされないとは。流石といったところでしょうかね」


 「・・・・誉め言葉として受け取っておくわ」


 「それにしても、よかったのですか? 私と組んで」


 「ええ。あの大男は性に合わないわ。それにあなたのほうが実力はありそうだもの」


 「過大評価ですよ」


 おどけたように頭を下げたシオンは、笑みを浮かべた。実は彼もあの大男、ファビアンに同盟を迫られていたが、断っていた。


 というか、ファビアンは魔法師としてはあまりにも異端な存在であった。言動からもわかるように、魔法に必要不可欠な冷静さを欠いてる。


 実力がないのは、わかりきっていた。


 ※次回更新 6月20日 21:00

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