Act .13 離陸


 飛行艇の座席は、日本の電車のように乗客同士が向き合うタイプのものだった。


 最後に乗り込んだので、一番出入り口に近い座席に腰かけたニコラスは瓶の炭酸水を一息に飲み干した。


 地球ではハイジャック予防のため、液体物は持ち込めないが、こんな少数の飛行艇をジャックしても政府は相手にしない。それゆえに手荷物検査もなかった。


 「なあ、あんた」


 ふくよかな男性がどこから出したのか、グラスに入れたワインを片手に、ニコラスの近くに腰かけた。離陸までは時間がある。


 「あんた、“ナイファー”だろ? コルシュカギルドの」


 誰もしゃべっていない機内で、男性の声だけが良く通った。乗客が興味深そうにこちらを見ている。


 「・・・・・そうだ」


 「なら話は早い。なにかが出た時にはよろしく頼む」


 彼が言う何かとは、グリフォン等の飛行可能な魔物のことだろう。ニコラスはしばらく黙った後、ぼそりとつぶやくように言った。


 「自分の身は自分で守れ」


 「ああ?・・・・・これだから田舎者は、奉仕の心がない」


 思ったよりでかい男性の声に顔をしかめていると、化粧が濃い女性が口を開いた。


 「どっちが田舎者よ。ここは田舎の議会じゃないんだよ。でかい声だしゃ、思い通りになると思ったら大間違いだよ!」


 小気味のいい啖呵に、男性の顔が真っ赤に染まる。


 「な、なんだと!!、この私に向かってなんという口をきくんだ、貴様は! このギルバート財政局長に向かってn」


 「空の上じゃあ、そんな肩書、意味もないよ! そっちの兄さんのほうがよっぽど偉いね!」


 口論が始まり、2人は歯ぎしりしながらにらみ合っている。すると、秘書らしい女性が席を立ち、2人の間に割って入った。


 「先生、ここは押さえてください」


 「黙れ、アレクサンドラ! このままでは私の沽券にかかわる!」


 「はあ、ばからしい。あんたなんてどうでもいいわ」


 乱入者によって先に興が冷めたのは女性のほうだった。機内の乗客に、騒がせてごめんなさいと頭を下げた。


 「・・・・・・・」


 「先生」


 「ふん!」


 残った2人も自分たちの席に戻っていった。やっと静かになった機内に、パイロットの声が響く。


 『まもなく離陸いたします。シートベルトをお締めください』


 ニコラスはシートベルトを締め、目をつむった。

 

 (これからわずらわしいことをしに行くんだ。せめて移動中くらいは静かに過ごしたい)


 体が浮遊感を感じ、離陸したことがわかった。乗客の誰もが墜落しませんようにと祈りながら、片道2500㎞の空の旅が始まった。


 ※次回更新 6月14日 21:00

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