Act.4 銭湯


 「大きめの箒と塵取りをくれれば最後まで処理するが、どうする?」


 途中でシャツを回収し、ボタンを留めながら主に聞いた。すると、主は嬉しそうに笑い、依頼書に完了のハンコを押しながら答えた。


 「いやあ、ありがとう! これで枕を高くして眠れるよ。掃除に関してはこちらでやる」


 「そうか」


 「ああ、あとでギルドに報酬金は振り込んでおく」


 「よろしく頼む」


 ギルドの職員として受けた依頼なので、ニコラスには一銭も入らない。銭という貨幣単位はこの世界にはないが。


 去り際、ニコラスは上階までついてきたメイドに小さな紙片を渡した。


 「これは・・・・?」


 「なにかあったらここに来い」


 それだけ言って、彼女のそばを通り過ぎた。そのメイドは、ニコラスの後ろで深々と頭を下げていた。


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 (なんだかんだ、こっちの世界にも慣れてきたな)


 また裏通りを歩きながら、ニコラスはそんなことを考えていた。


 ニコラス・アルカンジェロ。本名高峰狭霧たかみねさぎり。れっきとした日本人であった。生前、彼が所属していた組で抗争が起き、組長をかばって銃撃を受け、死んだ。


 しかし、自称女神に体を修復され、異世界に転送されたのだ。もともと読書家ではあったが、この手のライトノベルにはまったく縁のなかった狭霧は相当苦労したが、なんとかギルドに就職することができた。


 無口で不愛想。主人公にありがちな、イケメンでも高身長でもない。よくよく見てみると、筋肉はそれなりについているが魔法は使えず、なにかを媒体とした魔術くらいしか使えない。


 女神に与えられた能力も、というよくわからない能力スキルだった。


 (・・・・・よく就職できたものだ)

 

 カランカラン


 ギルドの重い扉を開き、中に入った。


 「あ、おかえり~。どうだった?」


 「ん」


 すぐニコラスに気づいたシャーリーに、ハンコの押された依頼書を見せる。すると、シャーリーは満足げな笑みを浮かべた。


 「うむ、ご苦労。それでだね、ニコラスくん」


 「なんだ?」


 「お風呂に行ってきなさい」


 「・・・・・臭いか?」


 「臭くはない。が、気分の問題」


 「お前の気分のな」


 「わかっているのならよろしい」


 半ば追い出されるように、着替えといくらかの小銭を持たされて、ニコラスはまた外に出た。目指すのは、銭湯だ。


 (・・・・・・臭くは、ないな)


 一応、袖の匂いを嗅いではみたが、臭くはない。そのことに少し安心しながら、歩き出した。

 

 ※次回更新 6月5日 21:00

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