プログラマーは魔法でヒロインを救う import principia.ether.magi.*

「佐伯さぁ〜ん、申し訳ありませ〜ん。私のせいでぇ...」

「いや、いいんだよ。お客さんに謝るのは先輩の仕事だから」

 ひっきりなしに振り下ろされる短いポニーテールは酒臭い。もう遅い時間だというのに並び立つビルは煌々と灯りが点いており、広い幹線道路はタクシーがひっきりなしに通り過ぎていく。

「私がぁ〜ちゃんと仕様を確認しなかったばかりにぃ...」

「そもそも野々村さんは悪くないよ。お客さんの言うことが毎回変わるんだから、確認しても無駄だよ」

 力なく笑ってみせる。特別なことでもない。慣れっこだった。

 このリクルートスーツで艶のある黒髪を振り回している小柄な女性は、野々村乃々香。職場の後輩で、他部署の同期も以前の常駐先の担当者も口を揃えて『こんな可愛い後輩がいて羨ましい』と言う。新卒入社してすぐの彼女は、確かに活発で愛嬌はあるが……曲がったことが許せず、つい言動に出てしまうのが癖で、この日本社会で<大人>をやっていくには青過ぎた。

 俺、佐伯拓郎と野々村乃々香は都内のIT企業に勤めている、いわゆる派遣プログラマーだ。自社のオフィスにはほとんど行かず各々の客先に直接出勤するスタイルの俺たちは、職場での立場が常に弱かった。日本の一般的なIT企業の例に漏れず契約は多重下請け構造となっており、下請けの最底辺にいる俺たちからアイディアや意見を上げてもまず採用されない。それは提示された仕様をプログラムに書き換えるだけの産業機械であって、単なるプロジェクトの歯車であること示していた。彼女は学習意欲がありプログラミングの適性も悪くなかったが、いかんせん経験が少なかったため、充てがわれた取引先としては不満があったかもしれない。

「そーなんですよ! 私の議事録にも書いてあったのに〜! 理不尽すぎませんか!?」

「俺たちにできるのは、指示通りのプログラムを作ることだけだからね」

「マジで頭きますね!」

 「あんな奴こうしてやる!」と息巻いてカバンを右に左に振り回す。酒に酔い、慣れないパンプスのせいか、ふらふらしている彼女。自分の代わりに怒ってもらっているようで、若かった自分を見せられているようで、気恥ずかしくて直視できない。そんな些細な理由で彼女から目を逸らすべきではなかった。

 次に彼女を見たのは、勢い余って車道に飛び出す姿だった。

 けたたましく鳴らされるクラクション。迫る大型トラック。

 考えるより先に体が動くが、日頃の運動不足が祟ってか、酒のせいか、思うように体が動かない。

 なんとか起き上がろうとしている彼女と目が合う。瞳が恐怖で揺らいでいる。

「助けて」

 そう訴えているように思えた。

 片手をアスファルトにつきながら手を伸ばす彼女。

 手を伸ばすと、届いた。

 あとは引っ張り上げて、避けるだけ。のはずだった。

 大型トラックの積載量が多かったのだろうか。元の速度が速かったのだろうか。

 予想より減速していないその鉄の塊はすぐ目の前にあり、走馬灯を見る余裕もなく。

 俺は、生涯を終えた。



 体温ほどのお湯を揺蕩うように、ぼんやりとした意識の中。

「……佐伯拓郎……」

 女性の声? 呼ばれている?

「…………佐伯拓郎……」

 はい、俺です。

「……野々村乃々香を助けたいですか?」

 そうだ。俺は、野々村さんを助けられなかった。助けたい。助けられるものなら助けたい。そのためにトラックの前に飛び出したんじゃないか。

「……承認されました」

 承認?

「……あなたは救世主・野村乃々香のサポーターとして登録されました」

 わけがわからん。

「……情報。転移ユニット。W-KE-83a0-5d01-5fc3からW-HD-2437-01be-a902への転移シーケンス開始」

 ダブリューケー……なんだって?

「……警告。翻訳ユニット。該当する概念が無いため翻訳できない単語あり」

 警告出てますけど。

「……あなたにサポータープラン、マギ・プログラマーが適用されました」

 はあ。

「……マギ・プログラマーは専用端末マギ・デバイスからプログラミングインタフェースを通じて魔法を発生させることができます。詳細はマギ・デバイス内のヘルプを参照ください」

 魔法?

「……マギ・デバイスは右手薬指に装備されます。強く思考することでW-KE-83a0-5d01-5fc3におけるパーソナルコンピューターに準じた形状・機能へ変形します」

 これでは。

「……マギ・デバイスは、W-KE-83a0-5d01-5fc3に存在する言語処理系のうち、あなたが存在を知っているすべてを利用可能です」

 まるで。

「……あなたはこれから異なる世界へ転移します。転移後は速やかに野村乃々香の指揮下に入ってください」

 最近読んだラノベの。

「…………情報。転移ユニット。W-KE-83a0-5d01-5fc3からW-HD-2437-01be-a902への転移シーケンス完了」

 異世界転生みたいじゃないか。



「……さ……さん!」

 背中が痛い。岩のようにごつごつとした感触。

「……佐伯さん!」

 野々村さん……なのか……?

 体を揺すられている。

 目を開くと、眼前に心配そうな表情の野々村さんがいた。

「野々村さん!?」

 驚いて体を起こす。彼女は最後に見たリクルートスーツ姿のままそこにいた。

「佐伯さん……! よかった……!」

 涙ぐむと思えば、ぐしぐしと泣き始めてしまった。

「私のせいで……私を……助けようとしてくれたのに……ほんとによかった……!」

 女性に目の前で泣かれてしまったとき、すべきことがすぐにわかるような人生だったら良かった。

「野々村さんも無事だったんだね。良かったよ、本当に」

 周りを見ると、ここはどこかの洞窟らしく、前方から入ってくる光によって岩肌が輝いている。岩肌は濡れているようで、近くからぴちゃ、ぴちゃと雫が落ちる音がする。空気がひんやりとしていた。

「俺たち、トラックに轢かれた……よね?」

「私もそう思うんですが、起きたときには二人ともここにいたんですよ。洞窟を出ても携帯は圏外だし、助けも呼べなくて……」

 圏外の携帯を見せてくれる。

「そういえば変な夢を見たんだ。マギ・デバイスがどうとか……」

「あ、私も見た気がします! あまり良く覚えていませんが」

 右手を見ると、白金に輝くシンプルな指輪が薬指にはまっていた。こんなものをしていた覚えはない。確か変形するとか言ってた気がする。意味がわからないが、駄目元でパソコンを頭の中でイメージしてみる。

 指輪が光る。そこから触手のように一本、ミニチュアの蛍光灯のように細く伸びていく。触ったら折れてしまいそうなそれは、指輪の体積分伸び切るとすでに指輪はなくなっており、自分の胸の前まで静かに浮遊してくる。蛍光灯の上と手前に、細い棒から放たれた青白い光が半透明のアクリル板のようなものを描く。手前側のアクリル板にはキーボードが、上側のアクリル板は俺を覆うように曲面になっており、コンピューターの起動画面のようなものが中空に映し出される。

「うわわわ! 佐伯さん何したんですか!? パソコンのキーボード……?」

「夢の中で言ってたんだ、これはマギ・デバイスと言うらしい。こいつでプログラムを書くと魔法が出せるそうだが……」

「魔法?」

 ざっと中身を見ると、画面の作りは仕事で使っていたパソコンに酷似しているが、細かいボタンの文言や配置が異なる。

「細かいことはヘルプを見るように言っていたんだけど……」

 デスクトップには『デバイスヘルプ』と名前のついたアプリだかファイルだかわからないアイコンが置いてあった。



 夕陽が地平線に落ちようとしていた。洞窟を出た俺たちは、どこかの山の中腹にいるらしいことがわかった。ただひたすらに森が茂り、川が流れているだけであり、麓に日本のような都市は見つからなかった。

「きれいな剣ですよね〜」

 野々村が起きたときには背負っていたという、装飾の凝った大きな剣は夕陽を受けて輝く。まじまじと見つめては、いろいろなポーズをとって呑気に遊んでいる野々村。

「その剣、おもちゃみたいに振り回してるが、まさか本物の武器じゃないよな?」

「わかりません。先輩、見てみます?」

 野々村から何気なく受け取る。

「重い!」

 思わず取り落しそうになるほど重く、まさに金属製の本物の剣といった趣だ。野々村は馬鹿力だったのか。

「よくこんなもの軽々と持てるな」

「えっ。全然重くないですよ! この間先輩に持ってもらった据え置きパソコンのほうがよっぽど重かったです!」

 何かがおかしい。そういえば救世主……とかなんとか呼ばれてたな。で、俺はそのサポーターだと。ということは。

「野々村。この剣でそこの木を斬ってみてくれないか」

 いいですけど……と俺の意図を測りかねながら、剣を構え。

「えいっ」

 スパン!

 木は幹を袈裟斬りに真っ二つになり、派手な音を立てて倒れる。

「え???」

 あまりのことに呆然とする野々村。

 すごい。救世主というのは、つまり正義の騎士であり、ヒーローのことだったようだ。

「すごいぞ、野々村!」

「何がどうなってるんですか?」

 それから、夢で見たことをすべて話し、どうやら馬鹿力だけではなく剣を扱う能力も高いらしいことがわかった野々村は、はしゃいで辺りの木々を手当り次第斬りまくっていた。

 そんな野々村を横目に好奇心の赴くままヘルプを読み込んでいたところ、やっと仕組みが分かってきた。

「野々村さんこのマギ・デバイスの仕組みがわかってきたよ」

「えっ、それって結局何だったんですか?」

 森の間伐作業を中断してきた野々村が問う。

「このマギ・デバイスは、魔法の原理にアクセスできるライブラリと実行環境があるという仕組みで、API――アプリケーション・プログラミング・インタフェース――が提供されているみたい」

「うわー。仕事で聞いたことある単語ですね。意味は……曖昧ですが……」

 まあ新卒だからね。仕方ないね。

「簡単に言うと、自動販売機みたいにボタンがいっぱいついてる機械があって、ボタンを押すと魔法が出るとするね。どのボタンをどういう順番・組み合わせで押すかをプログラミングできて、その設定によって出る魔法を制御できるってことらしい」

「なんとなくイメージはできます」

「いきなり魔法とか原理にアクセスとか言われてもよくわからないけど、現実のものとは思えない指輪の変形を目の当たりにした手前、信じてみたくなるね。例えば――」


val config = MagiConfigBuilder()

.addPower(MagiVector(fire=100), PhisicalVector(PolarVector3D(100, 0, 0)))

.build()

Magi(config).exec()


 空中に浮かぶ半透明のキーボードは打ちにくいということもなく、静かで手に馴染む。

「こんなプログラムを書けば、火が出るはず……」


 実行!


『情報。魔術実行シーケンス開始。物理及び魔術フィールドを初期化』

 画面にメッセージが表示されるのに合わせて、身長ほどの青白く光る円が目の前に現れ――いわゆる魔法陣のようだ――はその中心に火の玉を作り、渦を巻くように周囲から炎を集めて大きくなる。

『情報。魔術ベクトル最適化中』

「えっ、何が起こってるんですか!?」

 野々村が慌てている。

 中心の火の玉は魔法陣と同じかそれ以上の大きさまで膨張し、地面の雑草を焼いている。焦げ臭いが、自分は意外と熱くない。

『情報。魔術ベクトル最適化完了』

「佐伯さん! 熱いです! 止めて!」

 まずい。中断する方法を覚えていない。どこかに書いてあったと思うんだが。

『情報。魔力物理変換開始。』

 巨大な火球の前方にもう一つ、魔法陣が発生する。

『情報。魔力物理変換完了。物理ベクトルを適用』

 一瞬の後、耳をつんざく衝撃音とともに俺は後ろへ弾き飛ばされた。背中を地面に強く打ち付ける。なんとか意識は飛ばなかったものの、まともに息ができない。

「がはっ」

「うわっ、大丈夫ですか!?」

 心配そうな表情で駆け寄ってくる野々村。

「なんとか……な……火の玉はどうなった……?」

「あっちの方にすごい勢いで飛んでいきました……」

 指差した方向が一瞬明るくなり、遅れて爆発音。ちょっとした風が髪を撫でる。火球の通ったあとは草木一本残らず蒸発しており、さらに土がえぐれている。かなり遠くまで飛んでいったようで、火球がどうなったかは見えない。

「爆発したんですかね?」

「そうみたいだな……」

 普通のプログラムのように手元で動かすからといって、適当な数値で適当に実行するもんじゃなかった……



「佐伯さん、そろそろ眠たいです……」

「確かに。限界かもしれないな」

 この異世界と呼ばれた山のようなどこかに飛ばされてから数時間。その前に一日労働した上深夜まで飲んでいたために、体力が限界だった。

 日が暮れて暗くなってきた。先程の火の玉の出力を絞り、集めてきた木の枝に着火して焚き火をしているが、流石に森の中で無防備に寝るわけにもいかない。

「民家も人も全然見つからないし、そろそろやばいな……」

 などと思案していると、遠くからなにやら揉めているような声が聞こえてきた。声の主は女性と、男性数人のようだが、言葉はわからない。

「人ですよ! 助けてもらいましょう!」

「いや、言葉がわからないし、こっちに近づいて来るようだから、隠れて様子を見よう」

「でも……」

 なにか言いたげな野々村を制し、焚き火を消す。

 茂みに身を隠してしばらく。徐々に大きくなる声とともに、姿が浮かび上がってくる。

 先頭を歩いているのは女性のようで、銀のウェーブがかった長髪を揺らしながら歩いている。頭には羊のような角と、腰にはコウモリのような翼、臀部には悪魔のような尻尾がついている。黒い服には袖がなく、両脇の下から両太ももにかけて大胆に開いた布を申し訳程度のベルトで止めている。丁度、前後の向きに長辺が来る肩幅の帯の中心から頭を出して被っているような、セクシーな装束だ。左手を前に出して、手の上で火を炊いている。その後ろに続く男性の声の主は、体躯が大きく豚の頭をしていた。またその両脇には、妙に姿勢の悪い子供くらいの身長の男が二人いる。豚頭と小男二人の服装はほぼ裸で、ちぎった動物の皮のようなものを腰に巻いているだけであった。

「ハロウィンのコスプレみたいだ。でもそんな季節じゃないよな……」

 仮装にしては子供くらいの身長の男の声が低く、どうやって仮装しているのだろうと疑問に思う。

 揉め事はさらにヒートアップしていく。丁度隠れている茂みの近くまで来たとき、小男の片方が女性の背後から飛びかかる。女性は飛びかかるのに気づいて避けるが、もう一人の小男が足を引っ掛け、転んでしまう。尻を地面につける形でじりじりと後ずさっている女性は、見るからに劣勢であった。

「佐伯さん、三対一なんてひどいですよ! 女の人は一人ですよ!」

 声は潜めているが、怒気が込もっている。

「いや、相手は男三人だから喧嘩になったらまずいよ。もう少し様子を見て――」

「女の人が危ないです。大丈夫、この大剣を見たらビビって逃げますよ。助けましょう!」

 言うか早いか、野々村が飛び出してしまう。

「おまえたち! 女の人を三人で襲う卑怯者め! この剣で切られたくなければ帰れ!」

 もたつきながらも背中の大剣を抜いて両手で構える。

「大丈夫ですか?」

 言葉は違っても状況から敵意がないのはわかるだろうかと考えながら、尻もちをついている女性に声をかけ、手を差し出す。催し物とは無縁の社会人だったため最近の仮装は良くできてるなと関心しつつ、少ない布によって豊満かつしなやかな体つきが強調されており、戸惑う。

「ナ……何だお前は?」

 言葉が通じたが、怪しまれてしまった。隠れて様子を見ていたとは言えない。

「何って、通りかかっただけですが」

 とっさに出た言い訳だが、こんな人気のないところ通りかかる人がいるとは思えないよなあ。

「人間が、私を助けに、だと? 何を考えている? 何が目的だ?」

 予想を裏切って、訝しむというよりは警戒感を顕にしている。そんなに下心があるように見えるかな。野々村と一緒なんだからそこまで警戒しなくても……

「目的なんてありませんよ。襲われているようだったので助けに入っただけです」

 きょとんとした女性は、破顔して大笑い。

 俺の差し出した手を掴んだかと思えば、力強く引っ張り立ち上がる。想像より力が強くよろけてしまった。

「面白いこともあるものだな。私の姿を見てわざわざ助けに入る人間がいるとは。しかも目的は人助けときた」

「姿……?」

 仮装ではないということだろうか?

「それにしても、あの小娘。本当に戦えるのか? 構え方が素人そのものだが……」

 話している間にも小男の片方が野々村と対峙している。

「助けてもらった礼に教えてやるが、ゴブリンとはいえ訓練を積んでいない人間が戦えば死ぬぞ」

 死ぬ……? やはり仮装ではないということか……?

 ゴブリンと呼ばれた小男がグギギと唸り、構えた。

 嫌な予感がする。

「避けろ! 野々村!」

「えっ!?」

 ゴブリンは人間離れした跳躍力で飛びかかる。爪による斬撃。野々村は驚きつつもすんでで躱し、そのまま転んだ。スーツの肩が破れている。

「大丈夫か!?」

「いわんことではない」

 女性は呆れ、ゴブリンはケタケタ笑っている。

 また二人とも死ぬのか? また助けられないのか?

「こいつらやばい! 佐伯さん! 火の玉! あれ出して!」

 そうだ。マギ・デバイス……! 慌ててパソコンを想像すると、マギ・デバイスが展開する。

「ほう。お前は魔道具を使うのか」

 関心している女性を傍目に、プログラムの値を書き換える。


val config = MagiConfigBuilder()

.addPower(MagiVector(fire=10), PhisicalVector(PolarVector3D(100, 0, 0)))

.build()

Magi(config).exec()


 焚き火の火種が『fire=1』で十分。巨大な火球が『fire=100』だから、あまり大きいと野々村を巻き込んでしまうので『fire=10』だ。

 逡巡している時間はない。

 ゴブリンが今度は俺を狙って構えている。真正面に捉えた。よし。


 実行。


 マギ・デバイスの正面に手のひらほどの大きさの魔法陣が現れる。最初の大きなものほど時間はかからず火の玉が形成される。その前方にもう一つ、身長ほどの魔法陣が現れた。

 ゴブリンの足が地面から離れたところで、衝撃音とともに火の玉が射出される。

 それに触れた瞬間、肉が焦げるような音がして、ゴブリンはまたたく間に炎に飲まれ、そして柱のなかで踊り狂った。

 外野から豚頭ともう一人のゴブリンが何やら喚いている。

「見くびっていたようだ。まさか行軍中の一撃の主だったとは」

「行軍中の一撃?」

「とぼけて何になる? 不意打ちだったが、一個師団を一撃で半壊せしめた本人に助けられるとはな」

 まさか、夕方の火球が着弾したところにいたのだろうか。

「お前。魔道士としては相当できるようだが、その戦闘スタイルで接近戦は苦手だろう。あの素人の代わりに私が前衛となってやろう」

 わからないことだらけだが、今は生きるために必死で。

「俺は何をすれば?」

 そう答えていた。

「あのでかいオークは、力は強いが魔法に弱い。私がすきを作るから、さっきの魔法を叩き込んでくれ」

 女性が敵に向き直り、何かを構える格好をする。夜闇から漆黒が渦巻き、女性の身長より大きい大鎌を形作ると、それを構えていたのだとわかる。

「私はベリティア。援護を頼んだぞ」

 女性らしい曲線とたくましさが共存する長い脚で地面を蹴る。ゴブリンがすかさず進路を阻むが、手にした漆黒の鎌を一振りすると、胴体と首はあっけなく離れ、力なく崩れ落ちた。

 その勢いのまま跳躍。オークに一撃入れるかと思われたが、振り下ろした大鎌を軽々と片手で受け止めてしまう。

 オークがニヤリとした。火の玉を放つタイミングを覗っているが、ベリティアの位置を考えると安易に撃てない。

 まるでおもちゃでも捨てるように。ハエでも追い払うように。そのまま無造作に振り払い、ベリティアがこちらの方にふっとばされる。

「大丈夫ですか!?」

 ごろごろと転がってきたのを心配して、思わず駆け寄る。

「さすがに憲兵は強かったか……実力を見誤った。お前たちだけでも逃げろ……オークは足が遅い……」

 重そうな体を揺らして歩みを進めてくる。

「俺の魔法なら効くんですよね。やってみます」

 狙いを定め。

 実行。

 火の玉は先程と全く同じシーケンスで生成され、弾かれたように豚頭へ飛んでいく。

 火柱を上げ、肉を焦がす音が聞こえてくるはずのそれは首元のアクセサリーにするりと吸い取られてしまう。躱す素振りすら見せなかった理由がわかる。

 オークは笑っている。徐々に距離が詰まる。

「あれは魔封じの<遺物>か……? あんなものを用意してきたなんて……あれに魔法は一切効かない! 早く、早く逃げろ!」

「あなたをおいて逃げはしません!」

 気を持ち直した野々村が庇うように立ち、剣を構える。

「この剣の使い方、夢で聞いたのを思い出しました。先輩の魔法が本当ならこれもできるはず……」

 両手剣が輝き出す。先程までと打って変わって、俺の素人目にも無駄のない構えになる。次の瞬間に目の前まで移動していた野々村に驚いたオークが、また片手で受け止めようとする。

 その差し出した腕を、輝きの軌跡しか見えぬ素早さで切り落とした。

 悲鳴を上げるオーク。

「やった! もう一回!」

 もう一度構える野々村。剣の発光が弱くなっている。

「あれ?」

 先程の剣技が発動しない。

「魔力切れか……あれだけの剣技なら相当な消費魔力だろう……」

 ベリティアが絶望感に押しつぶされながら声を絞り出す。

 痛みと怒りに我を忘れたオークが、がむしゃらに残った腕を振り回し、失った腕の切り口からは黒い血を撒き散らしている。

 今度はその腕が野々村の剣に当たる。野々村は衝撃で尻餅をつき、輝きを失った剣が宙を舞う。月光に煌めいたそれはもはや手が届く場所にない。

「あ……あ……」

 弱々しい野々村の声。

 あいかわらず腕を振り回しているオークから必死で逃げているが、直撃を受けるのは時間の問題だ。

 人一人を軽々とふっとばす腕力の直撃を受けたらひとたまりもない。


val config = MagiConfigBuilder()

.addPower(MagiVector(fire=10000, water=10000, wind=10000, earth=10000), PhisicalVector(PolarVector3D(10000, 0, 0)))

.build()

Magi(config).exec()


 もはや火力を加減している場合ではない。焦って整数型の最大値もすぐに思い出せない。とにかく早く! とにかく強く!


 実行!


『警告。この魔法を実行すると、あなたの魔力残量は1%未満になります。実行しますか?』


 知ったことか! 警告にYESと答える。

目の前に高層ビルはあろうかという大きさの魔法陣が現れる。赤、青、緑、橙に輝く球が上空で円を描くように回転しながら、徐々に大きく、巨大になる。一つ一つの球は太陽のように輝き、周囲は昼間より明るくなる。怒り狂っていたオークもその光景に驚愕しているようだ。

「今だ野々村! 逃げろ!」

 なんとか起き上がりこちらへ駆け出す野々村。

 4つの球の前方にそれぞれ巨大な魔法陣が展開する。そして、オークめがけて射出。

 が、4色の輝きは射出したそばから首元に吸収されていく。発射の衝撃すら無い。

「古代の『遺物』はどんなものでも桁違いの能力を持ってる。お前が如何に優秀な魔道士でも、あれに魔法は効かないんだ……!」

 だめか。だめなのか。

 またたく間に輝きを吸収し終わったところで、静寂。

 闇夜と絶望が周囲を包んだその時。再び輝き出すアクセサリー。

 その輝きはオークを包む柱となり、天を貫いた。

 凄まじい衝撃波とオークの悲鳴がないまぜになって轟く。

 じき光の柱は消え、そこにもはや豚頭の姿は無く。

 やった、か……

 あれ。足に力が入らない。地面が目の前に近づく。両手で支えることも叶わず。

 そのまま気を失った。



 瞼の向こうに柔らかい日差し。

 体を温かさと倦怠感が包む、もっとこうしていたい……

 そういえば、オークを倒して……倒して? 本当に倒したのか?

 勢いよく体を起こす。

「いった!」

 痛え!

 頭を何かにぶつけた。

 目の前には額を押さえた美女が。

「目を覚ましたか」

 ……??? 一体何がどうなってるんだ?

「オークは? あの豚頭は?」

「ふふ。倒したぞ。お前がな」

 その凛とした瞳の金髪美女は心底楽しそうな笑顔で答える。そうか、勘違いではなかった。良かった。

 ところで。

「あなたは?」

「ああ、私はベリティアだ。覚えているか?」

 暗かったから朧気だが、言われてみればどこか面影があるような……

「やっぱりコスプレだったんですか?」

「こす……ぷれ? は良くわからんが、この姿は、簡単に言えば人間に化けているんだ」

「化けて……?」

「ほら」

 なんでもないことように言うと、ベリティアを名乗る女性の頭上に肩幅ほどの魔法陣が出現する。それがゆっくりと足元まで移動するのに合わせて、角が現れ、髪は銀となり、尖った耳が現れ、蝙蝠の翼が現れ、尻尾が現れ、昨晩見た服装になっている。

「こちらが本来の姿だ」

 異世界転移とかなんとか言われて、それから驚くことばかりで感覚が麻痺しており、適切なリアクションがわからない。困惑して辺りを見回すと、六畳ほどの石造りの部屋になっていることに気づく。

「ここはどこなんですか?」

「人間の宿屋だ。お前はかれこれ三日も目を覚まさなかったんだ……ああ、あと、良ければ『ですます』をやめてくれないか。お前は私の命の恩人なんだ。気遣いは無用だ」

「わかりま……わかったよ」

 そんな雑談をしていると、部屋のドアがノックされ、返答を待たず開く。

「ベリティアさ〜ん。そろそろ寝たほうがいいですよ。交代しますよ〜」

「ノノカか。だから私は人間のように脆弱にできていないと言ってるじゃないか」

 野々村が俺を見つけて大声を出す。

「あ! 佐伯さん! 起きたんですね!」

 気のせいだろうか、目が潤んでいるような。

「肩の傷は大丈夫だった? 他に怪我は?」

「擦り傷だけだったんで大したことなかったんですよ。そんなことより心配したんですよ〜。もう起きないんじゃないかって」

「そんなことはないと言っただろう。魔力切れは数日寝ていれば回復すると何度言っても信じないんだ。ノノカは心配性だな」

「そんなこと言って、一番心配してたのはベリティアさんじゃないですか! 三日間つきっきりで看病してたんだから!」

「仮にも捨て身で救ってくれた命の恩人に何かあったら、寝覚めが悪いだろう。人間は脆弱だからな。当然のことをしただけだ」

「どうですかね〜」

「そのノノカの『ですます』はなんとかならないのか?」

「年上には丁寧語なんですよ〜」

「命の恩人に丁寧に接されるのは落ち着かないんだが」

 そうだ。と何か思い出した様子の野々村。

「この村の広場に楽器を弾き語りしてる人がいて、体に紋章のような痣がある人をこの国の王女様? が探してるんだって歌ってたんですよ」

「吟遊詩人のことか」

 痣? そういえば、左手の甲にうっすらと痣ができていたような。どこかにぶつけたくらいにしか思っていなかったが。

 左手を改めて見てみると、痣はより濃くはっきりとしており、ふつうの内出血ではありえない、複雑な模様を表していた。

「その痣なんですけど、わたしにもできてて。太ももなんで見せられないですけど。で、痣が特定の紋様だったら、報奨金が出るらしいんですよ」

「そうか。それはいいな。お前たちは一文無しなのだろう。命の恩人とはいえいつまでも世話できる資金はないからな」

 一文無し……?

「鞄は無くなってしまったけど、一応財布くらい持ってたような……カードもあるぞ?」

「それが、この国では日本のお金もカードも使えないらしいんですよ」

「やはり海外のどこかの国ってわけではないのか」

「みたいですね……」

 改めて、ここが異世界であると認識させられる。

「それで、お前たちはこれから皇都に向かうのか? 悪いが、皇都には高度な対魔結界が張ってあって、如何に潜入訓練を積んだ私でも入れそうにない。皇都の近くまでなら案内できるが」

「潜入訓練?」

「佐伯さん、ベリティアさんは人間の町に潜入する訓練を受けてたんですよ。それで言葉も通じるし、お金も持ってて」

「そうだったのか」

 今は宿代のお礼をできるものがないから、何か考えなければ。

「ベリティアさんはそのあとどうするんです?」

「私には反逆の嫌疑がかかっていてな。まあもとを正せばお前のせいなんだが。捜査に来た憲兵を屠ったとあっては、もはや魔王軍に戻れない。適当に身を隠すさ」

 寂しそうな瞳で言う。

「すみません……ちなみにその俺のせいっていうのは、どうして?」

「先日砦を強襲するために集結した我々の軍を、お前が火の玉で半壊に追い込んだだろう。あれの濡れ衣を着せられたんだ。あの火の玉を私が放ったことにされてな。私は人に近い姿をしているせいで、人間のスパイだと思われたんだ」

「それで憲兵に追われて……すみません……」

「いや、もともと見た目で反感を買うことが多くて軍は居心地が悪かったし、いつか抜けてやろうと思ってたんだ。いい機会になったから感謝している」

「ベリティア。皇都の対魔結界ってどういう仕組なのか知ってたりする?」

 思い当たることがあって、もしかしたら、と思い聞いてみる。

「ああ、あれは体内にある魔力の質を識別するんだ。人間と魔物のそれは全く異なるからな。特に闇の魔法を使えるかどうか、というのが大きい」

「なるほど。それなら……」

 マギ・デバイスを展開。曖昧な記憶を頼りにヘルプを検索すると、簡単に見つかった。


var target: Option[RealObject] = None

val strategy = (magi: Magi) => {

if (target.isEmpty) {

target = magi.position.getObject(typeFilter=RealObjectType.Person)

} else {

magi.position = target.position

}

}


val config = MagiConfigBuilder()

.addPower(MagiVector(dark=-5))

.setShape(Sphere(fill=false, r=10))

.setStrategy(strategy)

.build()


Magi(config).exec()


 こんな感じでどうだろうか。闇魔法の威力をマイナスにしたのが肝だ。

「今何をしてたんだ?」

 怪訝な表情のベリティアが尋ねる。

「魔力を吸収する結界を生成して、最初に触った人について行くようにしたんだ。触るときはちょっと痛かったりするかもしれない。それは先に謝っておくよ」

 説明しながら実行。

 マギ・デバイスの前方に身長ほどの魔法陣が出現するが、そこには、火の玉も何も出現しない。

「先輩。何も起きませんよ?」

「いや、これは……闇の魔力がこの空間だけ消えているのか……?」

「そういう風に見えるんだね。威力は少なくしたから触っても酷いことにはならないはず……」

「本当ですか〜? この間みたいに火の玉大爆発は嫌ですよ!」

 へっぴり腰になってみせる野々村。

「私を見くびってもらっては困る。やってみようじゃないか」

 言いながらも、やはり不安そうなベリティア。

 うーん、信用がない……

「いや、信じてないわけではないんだが、お前の魔法は他で見たことがないものばかりでな。先日のオークのように<遺物>ごと塵も残さないほどの威力を想像するとな」

 心を読まれてしまった。

 ベリティアが恐る恐る魔法陣の前方に手を伸ばす。

「うっ」

「大丈夫ですか? 私には何も見えませんが」

「ああ。指先がぴりっとしたが、それ以外なんともない」

 周囲を観察するベリティア。

「そういうことか。私から周りの闇の魔力が見えなくなったのと同じように、周りからも私の魔力が見えなくなったのか」

「そうだよ。皇都の結界に効くかどうかはわからないけど」

 試験せずに動かすプログラムほど不安なものはない。

「試して見る価値はありそうだ。まずはこの村の教会で試してみよう」

「教会でわかるのか?」

「聖職者というのはたとえ末端でも対魔戦闘の訓練をしているものだ。近寄っても気づかれなければ問題ないだろう。それより、魔物である私を皇都なんぞに入れてしまって大丈夫なのか? 私が裏切って女教皇を暗殺したりするとは思わないのか?」

「今更裏切るような人には見えないよね?」

「見えませんよね〜」

 野々村も同調する。

 それからベリティアが少し悩んだような素振りを見せ。

「お前の呼び方なんだが、タクローと呼んでいいか? ノノカから名前は聞いたんだが、どう呼べばいいのかわからなくてな……」

「もちろん。いいよ」

「ありがとう。タクロー」

 そうして、一行は皇都へ向かうのであった。


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六人の作者が描く異世界転生 字書きHEAVEN @tyrkgkbb

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