第24話


「ねぇ、急がないと停電するってマジ?」


「え、そうなの? もしかしてお湯止まる?」


「お湯はガスなんじゃないの?」


「なんか千世太が言ってた」


「やばいじゃん。急ご」


 大浴場と呼ぶには狭い、洗い場が6つほど並んだ風呂場。班ごとの入浴を指示された女子生徒が、せっせと身体を清めていた。

 真耶は瞬と逸希にまつわる話を封印して以来、クラス内では孤立を極めている。噂話は耳に入るが、話しかけてくれる女子はいない。ひとりでなんとなく急がなければならないと納得して、湯からあがった。班の流れから少し遅れて、空いた洗い場をそっと借り、頭を洗う。身体も一緒に洗う。普段はこんなに大雑把なことはしないが、時間がないらしいから仕方がない。トリートメントと石鹸でつるつるする全身を流し、汗を拭いて浴場を出ると、結子がいた。真耶もよく知るバスケ部の女子と、一緒に服を脱いでいる途中だった。


「真耶じゃん。あがり?」


「うん。今から?」


「そー。なんか急がなきゃいけないっぽいね」


 結子も噂を聞いたらしい。


「停電するかもしれないって」


「マジで? やば」


 真耶は急いで、身体をよく拭ききれないまま下着を身につけていく。


「真耶、ドライヤー持ってきてる?」


 濡れて重くなった真耶の長い髪を見て、結子が聞いた。


「ううん。自然乾燥でいけるかなぁって」


「だと思った! けど、駄目だよー。髪、そんだけ長いんだから乾かさないと。痛むし、風邪引いたらどうすんの。私、旅行用のちっちゃいヤツもってきたから、部屋おいで」


 結子は孤立している真耶に気を使ってくれていた。

 真耶は快く好意を受け取ることにして、部屋に戻り、荷物をまとめて結子の部屋に向かった。班のほかの子には先に行ってくれとぎくしゃくしながら頼んだ。

 部屋の前で待っていると、真耶の前を何人もの女子が通り過ぎた。誰もが誰かと一緒にいた。羨ましくなる。結子もクラスの中では楽しそうだ。真耶は遠足も体育祭も文化祭も、今年は退屈で仕方がなかった。空や草花を眺めるくらいしか楽しみがなかった。修学旅行が悪天候になった今も、あまりがっかりしていない。

 まもなく結子たちが風呂場から戻ってきた。

 部屋に入れてもらう。柔軟剤か制汗剤かわからない、甘い匂いがした。

 真耶は最後にドライヤーを使わせてもらうことになった。

 ゴオオと熱風に髪を晒しながら、周りの会話に耳を傾ける。


「は~。修学旅行なのに台風とか最悪じゃない?」


「そう? 私わりと楽しい」


「あー、いるよね。台風ろかでテンションあがるタイプ」


「それそれ」


「今日、宴会場で雑魚寝かなぁ」


「どうなんだろ」


「女子トークしたかったな~」


「今しとこう今」


「よし、最初はグー」


 突然じゃんけんが始まる。真耶も思わず手を出していた。何度かあいこが続き、最終的に真耶が負けた。真耶はじゃんけんが弱い。自覚している。


「はい、好きな人暴露~!」


「つっても真耶はねぇ」


「ねぇ。もう、ねぇ。言わずもがなといいますか」


 なぜかいまいち場が盛り上がらない。真耶の好きな人は暴露するまでもなく明白だというような空気が流れる。

 真耶は焦った。


「ちがうよ! 私、ほかに、好きな人いるよ。ねぇ、結子に言ったよね、私」


 サボり続けた部活に復帰した日。体育館裏の用具倉庫を片付けながら結子と話をした。


「え? う、うん」


 結子も覚えていた。だが冗談だと思っていた。あれは結子に瞬を好きだと認めさせるための、方便のようなものだと。


「え、そうなの? 誰だれ?」


 結子を除く3人の女子は喰いついた。真耶は安堵しながら、もったいつけて話し出す。


「誰にも内緒ね」


「うんうん。内緒内緒」


「私が好きな人はねぇ」


 タイミングよく、ドライヤーを切ってみた。部屋がひっそりと静かになる。


 真耶は軽く息を吸い込んだ。

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