第23話
修学旅行当日。
瞬が逸希から聞いていたとおり、出発前の空は一面暗い灰色だった。すでに雨は降り、地面のいたるところに水たまりができている。
真耶と瞬と逸希の3人は、膨らんだ腹を隠すためのゆるいワンピースを着た母親に見送られて、学校に向かった。
春先に妊娠の報告を受けて以来、真耶と母の関係は改善されていない。予定日は3週間後にせまっているのに、真耶は生まれてくる子をどう迎えたらいいのか、まだ考えあぐねているようだった。
適宜休憩をとりつつ、バスで4時間かけて宿に着いた。雨脚は強く、傘をさしていても足元がずぶ濡れになってしまう。
新谷は生徒をバスから館内へ移動させながら、ひどい天気だと思っていた。
クラスの生徒がひととおり移動し終わった時、2人の少年が近づいてきた。荒家真耶の兄2人だ。逸希が学校に復帰して以来、彼らはよく一緒にいる。ただ仲がいいというより、何か目的をもって行動をともにしているように見えた。
兄弟は新谷に奇妙な話を聞かせた。
夜9時すぎにサイレンが鳴り、旅館のある一帯は停電する。直後土砂崩れが起き、別館は流されて崩壊する。別館にいたら巻き込まれ、多くの死者や怪我人がでる。本館は立地が低く浸水の危険性はあるが、建て直したばかりで流されるリスクは小さい。時間までに生徒全員を本館に避難させるべきだ。
「未来のことがわかってるみたいに話すんだね」
嘘をついているようには見えなかったが、手放しで信じられる話でもなかった。
「わかりますよ。だいたい」
真剣な目で逸希が言う。ますます冗談だとは思えない。
「えっと。占いかなにかかな。予知能力とか」
「ちょっとちがいます。逸希は未来を見てきたんです」
生真面目な瞬までそんなことを言うので、新谷も考えざるを得なくなった。2人がこういう話をするまでに、何か大きな出来事があったのだろう。
「こんなに大雨だと、そういうことも充分あり得るね。僕も今朝からいやな予感がするんだ」
安全性を考慮すれば中止すべき修学旅行だった。だが修学旅行は生徒だけでなく、学校全体にとっての一大イベントだ。新谷一人の意見では止められない。
「本館に生徒を集められるよう、ほかの先生や旅館の方と相談してみます」
逸希と瞬の表情がわずかに明るくなった。
相談の結果は夕食後、学年主任の教師から生徒に伝えられた。
「雨がひどくて今後の見通しが立たないので、ひとまず明日の予定は中止です。代わりに旅館の会場を借りて、自習の場を設けようと思います」
こんな状況でも条件反射のように生徒からブーイングが起こる。
「静かに! それから、今晩は念のため、みんなで集まって寝ることにします。各班、入浴をすませたら荷物をまとめて、この宴会場に集合するように」
さらに大きな不満の声があがる。
誰もが部屋に何人かで集まって遊ぶくらいの楽しみは想定していた。1か所に全員が集められてしまえばそれも難しい。
瞬と逸希には別の不満があった。
解散を命じられた直後、学年主任の教師に詰め寄る。
「悠長に風呂なんか入ってていいんスか先生。この雨、やばいですよ」
逸希の鋭い視線は教師にすら威圧感を与える。
「男女全員入り終わるまで早くて2時間、いや、2時間半はかかる。余裕はないな」
瞬が時計を見ながら言った。サイレンは午後9時すぎに鳴る。今は6時半だ。
教師は2人の少年をなだめるように笑った。
「いやいや。でもね、みんなお風呂くらい入りたいでしょ。女の子の親御さんとかさ、怒るかもしれないじゃない」
結局、2人だけの意見ではどうにもならなかった。
肩を落とす瞬と逸希に、そっと新谷が近寄り、小声で話しかけた。
「ごめん。完全に僕の力不足です」
申し訳なさそうに言う新谷に、瞬は首を横に振った。
「はは。上下関係って、厳しいですね」
新谷は苦笑いをした。
「とにかく、なるべくみんなに急いでもらおう」
逸希は千世太を呼んだ。皆に慕われる千世太のような生徒に動いてもらえれば、多くの生徒に影響を与えられる。
時間は刻々と迫っていた。
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