第8話
再婚の話を正式に聞かされたのは小学6年の途中だったが、その前から薄々そういうことになるのだろうとは思っていた。そうなったらいいなとさえ感じていた。一人っ子だったからかもしれない。真耶みたいな妹がいたらいいのにといつも思っていた。逸希が真耶を雑に扱うのを見るたび、自分ならもっとかわいがるのにと思った。
しかし、本当に妹になってしまうと変な意識が芽生えはじめた。
妹。妹だ。妹ができた。と、思うたびに、それに抵抗する気持ちが大きくなっていった。
逸希が学校を休むようになったのは中1の10月からである。体育祭の当日に休んで、そのままずるずると欠席を続けた。話を聞いても「なんか疲れた、めんどくさい」と言うばかりで、明確な理由やきっかけはわからなかった。父も母も瞬もとても心配した。瞬は再婚のことで逸希があれこれからかわれたことが負担になったのではないかと推測した。
「おはよう西田! あっ、ちがった、荒家だった。あれぇ? なんで名字変わったの?」
逸希に間抜けな声でそんなふうに話しかける男子を見たことがある。逸希本人は気にしていないと言った。ユーモアがあって面白いとさえ言っていた。強がりだったのだろうと思う。あんなふうに家庭の事情をいじられて全く不愉快にならなかったとは考え難い。
逸希と真耶の間には距離ができた。
真耶は逸希への当てつけのように瞬を「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。怒るなり笑うなり、構ってほしくての行動だったが、逸希はなんの反応も返さなかった。
そして瞬が真耶の風呂を不可抗力で覗いてしまった日の夜。
新学期が始まる2日前。
3人の子どもは夕食後、リビングにとどまるよう両親に言われた。
そこで父は発表した。
「今年中に、弟か妹が生まれることになったので、その報告を、ね。しようと思って」
母の懐妊の報告だった。すでに2か月目だという。
瞬は気がついた。
過去を巡って、今回はここに戻ってきたらしい。
夢の中のように頭と体が重かった。風景は見える。声も聞こえる。だが動くことができない。表情一つ動かせない。金縛りに似た不思議な感覚。だが夢ではない。この光景を、瞬はもう2回見ている。これで3回目。
逸希が戸惑ってなにも言えないでいるのも同じだ。
最初に反応するのは真耶。
「え、なんで?」
素っ頓狂な声がリビングに響く。
「まだ
逸希と両親の視線が真耶に集まる。瞬も意識の矛先だけを動かして真耶を視た。
「私たちは2人の子どもじゃないからノーカウントなの? その子が第一子?」
「なんでそんなこと言うの!」
母が大きな声を出すのも知っている。
「急に、驚かせてしまったけれど、少し考えたらわかるでしょう。まだ要るとか、足りないとか、お父さんとお母さんがそんな気持ちでいると、本気で思ってるの?」
いつもは優しい母だ。瞬は彼女を
「知らないよ。でもそう思ったんだもん。思ったから言っただけ」
真耶は負けず嫌いだ。簡単には引かない。
「なんでそんなふうに思うの、あなたは。物事の受け取り方がズレてる」
「だって気持ち悪いんだもん! お父さんとお母さんっていっても片方血ィつながってないし! そんな感じで妊娠とか言われたら引くでしょ、ふつう」
「やめなさい、真耶」
ぴしゃりと場が静かになる。声色は穏やかだが芯のある父の声は誰の耳にもすっと入ってくる。
「急に驚かせてすまなかったね。もう部屋に戻っていいよ」
父は3人の子どもに向けて言った。少し悲しそうだった。
瞬は相変わらず意識がぼんやりしていて、なにも言えなかった。意識がはっきりしていた前回も、前々回も、ろくなことは言えなかったけれど。
真耶は逃げるように階段を駆け上っていった。母はため息をつきながらソファに座りこむ。父はキッチンで茶を淹れ始めた。鼻がむずむずする。
ぐじゅん。
大きなくしゃみと同時に、身体が突然動くようになった。右足がビクンと跳ね上がって、膝をテーブルの底にしたたか打ち付ける。
「いっ」
隣に座っていた逸希が1番びっくりしていた。
「大丈夫か」
微かに笑ってくれる。父と母も心配してくれて、わずかに和やかな空気が流れた。
瞬は痛む膝をさすりながら階段を上り、真耶の部屋の前で立ち止まった。
なにか言ってあげたい。でも、なにを言ったらいいかわからない。
ノックしようと持ち上げた拳を、瞬はそっと下ろした。
とにかく3回目の世界に辿り着いてよかった。
新学期の日は送り迎えをするとして、その後はどうなるだろう。
やってみるしかない。真耶を救わなければ。
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