第3話

 週明けて月曜日。

 瞬は自転車で町の本屋に来ていた。注文していた本が届く日だった。それに、この日が1回目と同じならば、帰り道の途中で結子に会う。それも目的のひとつだった。

 自転車の前かごに5巻セットで買った文庫本を入れ、車の少ない道を走る。住宅街を抜けるとスーパーの駐車場の裏側に出る道だ。

 遠目に、重そうな袋を両手にひとつずつぶらさげた結子の姿が見えた。瞬は結子にだけ聞こえるようにチリンと小さくベルを鳴らした。結子が瞬に気づく。ブレーキをかけて自転車を止める。


「よう」


「瞬ちゃん」


「荷物、載せようか」


 結子がパッと顔を輝かせる。


「いいの?」


「いいよ。どうせ通り道だし」


 瞬は袋をひとつ籠にいれた。もうひとつは卵が入っているから自分で持つと結子が言う。瞬は自転車を降り、ハンドルを両手で押して結子の隣を歩くことにした。


「ありがと。ラッキー」


 前かごに乗せた袋はかなり重い。


「料理つくるの?」


 うん、と結子がうなずく。


「今日はお母さんが婦人会の旅行いってるの。うちはお父さんと弟が結構食べるから、とにかくたくさん作らなきゃいけないんだよね。重い重い」


 結子は肩をすくめて見せた。真耶と一緒にいる時も結子はしっかりした姉のように見える。やはり実際に弟がいるからだろうか。


「瞬ちゃんは?」


「俺は本屋。注文してたやつが届いたから、取りにきた」


「なんの本買ったの? エロ?」


 エロではない。


「文庫だよ。高校生が探偵役のミステリー。図書室で1巻借りて、面白かったから。シリーズまとめ買いしちゃった」


 タイトルを言うと結子もうなずいた。


「ああ、知ってる! 濡れ場もあるやつね」


 ない。


「あったら貸すよ」


「いっ、いいよ! てか冗談だし!」


「知ってる」


 1度交わした会話だから冷静に切り返せたが、1回目は動揺した。散々からかわれた。


「も、もうすぐ新学期だねー」


 不自然に話題を変える。結子がこんな風に戸惑うのは珍しい。


「そうだな。もうすぐ」


 新学期、と言おうとして迷う。その日真耶は死んだ。放っておいたら、きっとこの世界でも同じことが起こる。そんな気がしてならない。


「どうしたの?」


 急に黙った瞬の顔を結子が覗き込んだ。

 結子は信頼のおける友だちだ。逸希や千世太にも話した。いずれにせよ悪い結果にはなりようのない話だ。瞬は真剣な顔で結子に言った。


「結子。俺がタイムリープしてるって言ったら信じる?」


 結子は首を傾げた。


「タイムリープ?」


 ショートボブの髪がさわさわと揺れる。

「4月7日、新学期が始まる日から、俺は過去に戻ってきたんだ。やり直さなきゃいけないことがあって」


「やり直さなきゃいけないこととは」


「俺は、真耶と一緒に学校行く途中だった。そこで」


「お腹痛くなっちゃったの?」


「へ?」


「あ、ちがう? じゃあなんだろ。スボンのお尻のとこやぶけたとか」


 それとも、それともなにかなあ。

 結子は卵の入った袋をぶら下げたまま宙を見つめて考える。

 瞬は深いため息をついた。


「信じないよなぁ。そりゃ」


 あっさり信じると言ったのは千世太だけだ。それも本気がどうか怪しい。瞬だって聞く側だったらすぐには信じられなかっただろう。


「いや、真面目に聞いてるよ」


 結子は確かに真面目な顔をしていた。


「真面目に冗談として聞いてるんだろ」


「え、冗談じゃないの?」


 やはり結子は冗談だと思い込んでいる。ふつうに考えればそう思うだろう。冗談以外のなにものにも聞こえない。目に見える根拠も示せない。これ以上強く主張したら正気を疑われてしまう。


「いいよ。それはもう、どっちでも。ただ、ひとつお願いがあるんだ」


 今日結子に会ったら言おうと決めていたことがある。


「新学期の日、俺と真耶と一緒に登校してほしい」


 瞬は当然真耶の周囲に気をつけるが、注意の目は多い方がいい。逸希は不登校、千世太は自転車通学だ。頼れるのは結子しかいない。


「う? うん。いいけど」


 結子は突然の願いに戸惑いつつも了承してくれた。

 ちょうど結子の家の前に着く。瞬は籠の荷物をおろした。


「ありがと! またね」


 自転車にまたがった瞬に、結子は大きく手を振った。目じりがきゅっと下がる愛嬌のある笑顔がかわいらしい。瞬は小さく手を振り返し、ペダルを踏みこんだ。

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