ピーマン

 「今日の食材たちも生き生きとしていたよ。嬉しい!って声も聞こえてきた」


「今日は豚の気持ちになったんですか?」


建物中の戸締まりをしながら淡々と聞くと、トウノ店長はふふんと鼻を鳴らした。


「ううん、あえてピーマンの気持ちになってみたんだ」


そういえば、ピーマンを避けようとしてたなと僕は思い出す。


でも、平然としてみる。


「ピーマン……ですか?」


「そう、ピーマン。子どもが苦手な……僕も苦手なね?」


トウノ店長は珍しく皮肉を込めたように低い声で言う。


「そうでしたか、すいません」


申し訳なさそうに言って軽く頭を下げると、トウノ店長は大丈夫だよと穏やかに言ってくれた。


「ピーマンの肉詰めってピーマンに肉詰めか肉詰めピーマンじゃないかって思われているピーマンだけど、そのピーマンを小さく賽の目にした上で子どもが好きなマヨネーズと醤油で炒めるという気遣い。それを彩りの一つとして豚肉を包み込むソースにするなんて……ぼく、今まで残してきたピーマンに申し訳なくなったよ」


苦手なモノを好きになるのは大変なのはよくわかっているつもりだけど、一工夫で変わることが知れてとても嬉しかった。


『口無……お前は食材の声が聞こえるんだな』


調理学校の先生に初めて褒められたのを思い出す。


『コウはすごいよ、俺にないモノを持ってる』


ハルもよく褒めてくれていたな。


もちろん、トウノ店長もすごく褒めてくれる……こんな僕なのに。


でも、さっきの言葉が一番心に染みる。


ただ、今日はいつもよりすごいみたいだ。


 「コウちゃんはすごいね。どんな食材でも良いところ引き出してくれる……料理って生き物の命を奪うことだと思っていたけど、コウちゃんはその命にちゃんと敬意を示して生きた証を残したり、より生かしてくれるよね」


「そんな大それたことしてませんよ」


僕は階段を降りながら吐き捨てるように言った。


足を踏み外して転げ落ちたいくらい、恥ずかしくてイヤなんだ。


「いや、してる」


強い声が響いたのに驚いて、僕は思わずトウノ店長を見つめる。


「コウちゃんは大した料理人だよ……トレーネに必要なね……?」


トウノ店長があまりにもまっすぐな瞳を投げかけてきたから、ありがとうございますと頭を下げた。


「これからもよろしく……口無シェフ!」


真面目な口調なのに両目でウインクをしたから、思わず噴き出して笑った。


「もう! 真面目に言ってるのに!!」


今度は頬を膨らませて怒っていたから、いつもの雰囲気に戻ったんだ。


 

 「今日の試作品、新メニューに採用しても大丈夫だよ。あとでレシピと材料費がわかる紙を出してくれればいいから」


店のカギをリュックから取り出しながら言うトウノ店長に僕は頭を下げる。


「ありがとうございます! 明日の朝一に提出いたします」


真面目に言っただけなのに、頭を上げようとした時にげんこつを食らった。


「無理しないでねって言ったばかりだよ? もっと良くなるように練ってから出しても大丈夫だからさ」


わかるやろ?と優しく言って、頭をヨシヨシするトウノ店長にハルの面影が重なる。


『真面目なのはコウの良いところだけど、ブレーキがないからダメなんだよ。だから、俺がいるんだから……ね? 』


ねぇ、ハル。


僕はやっぱりブレーキがないみたいなんだ。


だから、止めに来てよ。


早く、今すぐ。


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