どの指、切り離す?
「では、試食をお願いします」
気持ちを切り替えるように言って、平皿を渡した後にフォークを渡す。
「はい、いただきます」
ふぅと息を吐き、フォークを強く握ったのを見て、緊張が走る。
一番上の肉にフォークを突き刺す。
そして皿に肉を置き、野菜ソースに絡めていくまではいいんだけど。
ピーマンが付くたびに皿に擦り付けたり、フォークの先で取って脇に寄せたりしているので、思わず声を出した。
「……店長」
トウノ店長はビクッと大きく身体を震わせ、はいぃ!と怯えたように声を上げた。
「ニンジン、ピーマン、じゃがいもと野菜は彩り、栄養バランスを考えてサイコロにいたしました。手の指のように、どれも切り離すことはできないのですが……いかがいたしましょう?」
ぼくは手のひらを見せ、ピーマンを指す左の人差し指を右手で掴み、もぎ取るように強く引っ張る。
「わかった、わかったから! ピーマンもちゃんと食べるからそんなことせんといて!!」
トウノ店長は必死に叫んで、ピーマンを多めに絡めてから肉を口に運んだ。
実際の僕は痛くも痒くもなかったから、ただの子ども騙しだったんだけど……トウノ店長はいい人なんだな。
なんなら、手なんてなくなってしまってもいいのに。
もう僕には生きる資格がないんだから。
そんなことを考えている間、トウノ店長は目に力を込めて閉じていたものの、飲み込んだ後にゆっくりと目を開けて微笑んだ。
「食べれた……美味しい! 野菜の甘味と醤油マヨネーズの酸味がマッチして、豚肉の旨味を引き立たせているね。これはイケるよ」
興奮したように話すトウノ店長を見た僕は良かった
と胸を撫で下ろすことが出来たんだ。
これだから、料理はやめられない。
大切な人を失ってでも。
なんて言えたらいいのにな。
いつものように共同更衣室に入って、制服を脱いでいく。
ここは料理人もホールスタッフも上は白のコックコート、下は黒のパンツにえんじ色のエプロンが制服になっているから、僕もトウノ店長も見た目は同じ。
ただ、トウノ店長は白の長袖シャツの上に赤のギンガムチェック柄の半袖シャツを着て、僕は灰色のパーカーに青のジャケットを着た。
何気ない話を楽しくしているけど、心のどこかでわかり合えるはずがないと思ってしまう。
だって、赤の他人だから。
「あはっ、ヤバいっすね」
「そうなんだよ、コウちゃん!」
笑い合っているけど、明日には忘れているんだろうな。
ハルのことは全然忘れられないのに。
「すみません、待っていただいて」
僕が藍色のリュックを背負うと、トウノ店長も橙色のリュックを背負って微笑む。
「大丈夫。じゃあ、帰ろうか」
そう言った後、なぜか僕の前に手を伸ばしてきたトウノ店長。
僕は意図がわからずにとりあえず握手をすると、んふふと嬉しそうに笑い、手をつなぐように握り直してきた。
「なんですか、これ 」
「今日もお疲れ様ってこと!」
なんてはしゃぎながら更衣室を出るから、僕もつられて勢いよく部屋を出た。
"コウ! 早く行こう……大丈夫、俺がそばにいるよ"
ハルとは全然違うのは頭ではわかっているのに、身体はついていってしまう。
ああ、僕はダメなやつだ。
また、大切な人を不幸にしようとしている。
面倒なことに巻き込んじゃうから、関わらないようにしてきたはずなのに。
ハルだって、僕と出会わなければ、まして恋人になるまで仲良くならなければ。
病気になることだって、死ぬことなんてなかったかもしれない。
僕は、僕なんて……消えてしまえばいいのに。
ああ、トウノ店長が悪い人ならいいのにな。
すごいパワハラの人で息をするように暴力を振るう人だったら良かったのに。
この大きい手を首に当てて、力一杯絞めてくれたら。
まずい料理しか作れないポンコツな料理人だって怒鳴ってくれたらどんなにいいだろう。
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