魔王様はモテモテです!
沙良は、部屋の窓からぼんやりと庭を見下ろしていた。
城の庭は、沙良の窓から見渡せる範囲だけでもかなり広い。
灌木で作られた迷路や、翼が生えた石像、噴水や背の高い木々。
いろいろなものが広大な敷地の中にポツンポツンとおさまっている。
昨夜―――
シヴァが部屋を出て行ったあと、ミリアムに促されてベッドに入り、気がついたら眠っていた。
目が覚めたときはすでに朝で、ミリーが朝ごはんを持って起こしに来てくれたのだ。
そのあとミリーは「またあとで来ます」と言い部屋を出て行ったので、沙良は一人の時間を持て余していた。
することがないので、こうして庭を眺めていることにしたのだが、つい数分前から、沙良の視線はある一点に注がれていた。
数分前、庭にシヴァがあらわれたのだ。
散歩でもしているのか、噴水のあたりを歩いているのだが、その両脇には、綺麗に着飾った女性が五人ばかりいる。
彼女たちは青や黄色や緑といった個性的な髪の色をしていて、さらにドレスもカラフルなので、そこだけ妙に華やかだった。
(魔王様、モテモテです)
彼女たちは、口々にシヴァに何かを話しかけては、くすくすと楽しそうに笑っている。
ここからシヴァの表情は見えないが、あれだけの女性に囲まれたらきっと楽しいだろう。
あの怖いシヴァでも、彼女たちには微笑みかけたりするのだろうか。
生贄の沙良には、冷たい視線しか注がないが―――
昨夜、ミリアムが助けてくれたから、沙良はまだ生贄として死なずにすんでいる。
だが、きっと、近いうちにその瞬間は訪れるのだろう。
昨夜の怖いシヴァの顔を思い出して、少し悲しくなる。
―――そのとき。
シヴァの顔が上を向いた。
「―――っ」
沙良はがばっとその場にしゃがみこんだ。
シヴァの視線が、こちらを向いた気がしたのだ。
(目、合った……?)
沙良が見ていたことに気が付いただろうか。
(怒られる……?)
びくびくしていると、コンコンと部屋の扉がノックされて、フリルとレースたっぷりのライムミントのドレスを小さな腕に抱えたミリーが入ってきた。
窓の下にしゃがみこんで丸くなっている沙良を見て、パチパチと目を瞬く。
「なにしてるんですかぁ? 沙良様」
「えっと……」
沙良は途端に恥ずかしくなって、慌てて立ち上がって窓際から離れると、窓から少し離れたところにある皮張りのソファに腰を下ろした。
「何でもないです」
取り繕ったように笑ったが、ミリーは騙されてくれず、ひょいと窓の外を見下ろして「ああ」と苦笑した。
「シヴァ様ですかぁ。相変わらずお盛んですね~」
その声に、少しばかり軽蔑したような響きが混じっていた気がするが、気のせいだろうか。
それから、ミリーは腕に抱え持っていた豪華なドレスをベッドの上において、沙良を振り返る。
「さあ、沙良様、着替えましょ!」
「え?」
すると、そのフリフリの豪華なドレスは、沙良の着替えだろうか。
沙良はまだ昨日の夜着のままだった。これも十分可愛いし、ルームウェアとして申し分ないと思うが、その動きにくそうで、とても豪華なドレスに着替えなくてはいけないのだろうか。
「それに、着替えるの……?」
「そうですよ」
ミリーはあっさりうなずいた、
ミリーも、フリルたっぷりの膝丈のドレスを身に着けているが、彼女の場合はそれがとても似合っているので問題ない。
だが、シヴァにも初対面の時に「貧相」だと言われた沙良に、そのゴージャスなドレスが似合うだろうか。
「沙良様は細いから、ふわふわしたドレスを着ないと、風に飛ばされていきそうですぅ。だから、このドレスにしましょう!」
ピンクでもよかったんですけど、この色も似あうと思うんですよね、とミリーは鼻歌交じりに沙良の夜着を脱がしにかかる。
沙良は大慌てで部屋の隅に逃げた。
「ま、待って! もう少し、その、シンプルなのが、いいです。そんなお姫様みたいなドレス、きっと似合いません!」
「似合いますよぉ」
「むりむりむり!」
昨日よりはスムーズに会話できるようになった沙良は、「むり」と言いながら、ミリーの手から必死で逃げた。
だが、ミリーも負けていない。
もともと外出することもできず、部屋の中で十七年生活していた沙良だ。
もちろん体力や俊敏性など持ち合わせているはずもなく、回り込んだミリーにあっさり捕まってしまった。
「はい、着替えますよぉ」
にこっと微笑んではいるが、有無を言わさない迫力に、沙良は結局諦めて、渋々頷いたのだった。
※ ※ ※
ライムミントのフリフリなドレスに着替えさせられた沙良は、裾や袖が広がるのをおさえながら、ミリーが煎れてくれた紅茶を飲んでいた、
沙良の着せ替えに成功したミリーは、ご機嫌で沙良の真向かいでクッキーを頬張っている。
「それで、沙良様は窓の下にシヴァ様を発見して、しゃがみこんで隠れてたんですかぁ?」
ミリーの声には愉しそうな響きがある。
「まあ、あれを見たら隠れたくもなりますよねぇ」
あれ、というのは五人ほどいた女性のことだろう。
沙良は何となくだが気になって、ミリーに訊いてみた。
「あの人たちは、シヴァ様の、お友達、ですか?」
友達よりは親密な感じがしたが、五人もいたので、恋人とは言い難かった。
すると、ミリーはクッキーを飲み下して、紅茶で喉を潤してから答えた。
「違いますよぉ。『暇つぶし』の相手ですぅ」
「暇つぶし……?」
「ああー、近い感じで言うと、愛人?」
「愛人っ?」
「シヴァ様に愛があるのかどうかはわかりませんけどねぇ」
ミリーは、はあっとため息をついた。
「といっても、あの人たちは妻気取りでいるんで、あんまり近づかない方がいいですよぉ」
「妻……」
すると、奥さんが五人いるということだろうか。
悩んでいる沙良をよそに、ミリーは新たなクッキーに手を伸ばす。
「一応、あの人たちも、お城の部屋は与えられてますけどねぇ。わたしはあの人たち、きらいですぅ」
ケバケバしくて、と子供らしからぬ侮蔑を含んだ表情でミリーは吐き捨てた。
「まあ、お城は広いんで、自分から会いに行かなきゃ、めったに会うことはないと思いますよぉ。だから、変な気、起こさないでくださねぇ。面倒なのは勘弁ですぅ」
そんなことより、とミリーは沙良の方に身を乗り出して話題を変えた。
「せっかく昨夜、シヴァ様を撃退できたんですからぁ、今のうちに、何かやりたいことはないんですかぁ?」
「撃退……」
撃退したのは沙良ではなくミリアムだが、沙良は昨夜、部屋から去るシヴァの氷のような表情を思い出して、びくっと震えた。
怒らせなかっただろうか。
もしかしたら、怒らせた分、ひどい目に合わせされるのではないだろうか。
びくびくしていると、ミリーがあっけらかんと答えた。
「怯えなくても、だぁいじょうぶですよぉ。ミリアム様が、シヴァ様から守ってくれますからぁ。きっとしばらく平和に暮らせますって。で、何かしたいことはないんですかぁ? 退屈でしょ~?」
ミリーの明るい声を聞いていると、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だった。
沙良は少し考えて、ちらっとミリーの持つクッキーに目を止めた。
「……お菓子作り」
「ふえ?」
「お菓子作りが、したいです」
それは、昔から思っていたことだ。
一度でいいから、お菓子作りをしてみたい。
閉じ込められた沙良は、お菓子作りはもちろん、料理もしたことがない。
だが、子供のころから、お菓子を作ってみたいと思っていたのだ。
ミリーは変な顔をした。
「お菓子ぃ? お菓子なんて、できてるの食べればいいのに、沙良様って変わってますねぇ」
うーん、と首をひねってから、ミリーはにこっと微笑んだ。
「わかりました。いいですよぉ。ちょうど適任がいますから、その人に教えてもらいましょうか!」
そうして、沙良はさっそく、午後からお菓子作りをすることとなった。
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