<王妃イレーナ>

 少し年の離れた、実兄でもあるバーンズ公爵が、珍しく王妃への謁見を申し入れてきたのは、オルドン王国へ向かう1か月ほど前のことだった。


「王妃殿下、お久しぶりでございます」


 謁見の場は、王妃の執務室。室内には、王妃の他には、結婚前から王妃についてきている侍女しかいない。


「バーンズ公爵、元気にしてましたか」

「はい。最近は、孫の剣術の稽古に付き合うようになりました」

「孫というと、今は」

「はい、10歳になりました」


 王妃は自身の孫であるテオドアを思い浮かべる。

 愛らしい笑みを浮かべ、王妃に手を伸ばす姿には、愛おしさが溢れる。

 しかし、実際は、養子に入った王弟であるカイルの息子なので、バーンズ公爵家の血は流れてはいない。

 しかし、微かに現国王のエルド6世の面影があることで、愛しさとともに、いつも微妙な気持ちにさせられているのも事実であった。


「そういえば……テオドアよりは少しお兄さんでしたね」

「はい。本人は、いつか王孫殿下の護衛騎士になるのだ、と張り切っております」

「まぁ。それは頼もしい限りですね」


 王族派の筆頭でもあるバーンズ公爵家の嫡男であれば、当然の目標かもしれない。


「ところで、本題は?」

「はい、先日、伺った、レオン・バーンズの娘の件ですが」

「ええ」

「外見がバーンズ一族の特徴とは異なるとのお話だったので、不安があると」

「……ええ。バーンズ一族よりも、王家の血筋が色濃く出ているように思ったのよ」

「というと、黒髪に金目、ということですよね」

「そう……だから、彼女に初めて会った時は、完全に国王陛下の隠し子ではないかと思ったのよ」


 その時のことを思い出した王妃は、少しだけ頬を赤くする。


「その時に、彼女がレオンの娘だと知って……どれだけホッとしたことか……いえ、本来は陛下の子供であって欲しいと思うべきなんでしょうけれどね」

「念のために、その娘の絵姿か何か、ございませんか」

「どうしたというの?」


 不思議に思いながら、以前、国王から譲っていただいた絵姿を執務机から取り出した。その絵姿には、国王とサカエラ氏に挟まれて笑顔を浮かべたレイの姿が描かれていた。


「失礼します……やはり」

「どうかしたの?」

「いえ。王妃殿下、私どもの祖母が王家から降嫁された方だったのは覚えていらっしゃいませんか」


 王妃は暫く考えてから、そういえば、というように思い出した。


「……かなり若くして亡くなられた方よね」


 降嫁してきた王女は、息子を二人産むと、後に流行病で亡くなってしまった。

 先々代のバーンズ公爵は、まだ幼い息子たちのためにと、王宮から侍女としてついてきていた未亡人を後妻として迎え入れた。

 王妃の子供の頃の『祖母』の記憶は、後妻の方だった。


「はい。その祖母の絵姿を描いた絵画が、先日見つかりまして……まさに、瓜二つ」

「なんですって」

「半年前に亡くなられた先々代が、領地の屋敷の隠し部屋に、隠していたのです」

「なんだって、そんなことを」

「こればかりは、先々代に聞かねばわかりませんよ」

「……そうね」


 公爵の言葉に、王妃は、小さく頷くのだった。

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