第36話 ショーンの秋休み

 おじさんとサロンでしばらく他愛無い会話(主にエルドおじさんのこと)をした後、サロンを出て自分の部屋に戻るために階段を上った。上りきったところで、着替えたショーンさんが奥の部屋から出てくるところに遭遇した。


「大丈夫でしたか?」


 そう問いかけると、顔を赤らめたショーンさん。


「ああ、大丈夫、大丈夫」

「それならいいんですけど」


 ニコリと笑って、私は手前にある自分の部屋に入ろうとした。


「レ、レイさんっ」


 名前を呼ばれたので、振り向いた。まさかショーンさんから「さん」付けで呼ばれるとは思わなかった。


「あのさ……どうして前髪を切ったの?」


 急に、真剣な目で私を見下ろすショーンさん。


「えと……」

「それに、メガネも……」


 ショーンさんの指先が、私のメガネに触れてきた。


「前は……もっと太い縁のだったよね……」

「は、はい……あの……シ、ショーンさん?」

「……俺だけが知ってればよかったのに……」


 最後にボソリと何かをつぶやくショーンさんの目が……ちょっと怖いんですけど。


「ち、ちょっと将来のことを考えてですね」


 苦笑いしながら、後ずさろうとしたけれど、それよりも先に動いてくるショーンさん。

 そして私の背後には、自分の部屋のドア。

 なんか追い詰められているみたいで……ショーンさんが……近すぎるっ。


「将来? ……なんで?」


 ショーンさんが、胡乱そうな声で、聞いてくる。


「わ、私、宿屋で働きたい思ってて……それで、このまま前髪で目を隠したままじゃ、ちゃんとお客さんへの接客ができないかなと」

「……ふーん」

「せ、先生からも、ちょっと言われたし」

「……なんだって?」

「あ、えと、いつまでも隠してはいられないだろうって」

「いや、隠したっていいんじゃない?」


 納得いかないような感じで、思いっきり前髪有りを肯定するショーンさん。

 それって、似合わないってことなんだろうか。なんだか、気分が落ち込みそうになった私は、あえて別の話をふる。


「ショーンさんは、いつまでオルドンにいるんですか?」

「あ? うん……二週間くらいかな」

「うわ! 秋休みって、長いんですね。いいなぁ」

「よ、よかったら、勉強とかみてやるよ」

「え?」


 一応、上の学校へは進学はしないつもりではいるものの、ある程度の成績を修めておいた方が、『ダルンの癒し亭』に務めだした時の、扱いも違うかもしれない。

 しかし、サカエラのおじさんや、エルドおじさんから言われたことも、少し引っかかっていたりする。確かに、上の学校へ進むという道もありなのかな。たぶん、母が亡くならなければ……そう、一瞬、思ってしまう。


「どうせ暇だしね」

「……でも、こちらのお友達とかと遊んだりしないのですか?」

「あー、そうだな、俺、あっちにいた時間の方が長くて。こっちでの友達は、あんまりいないんだよ」


 ……そうなんだ。

 私がサカエラのおじさんのところにお世話になり始めた時には、すでに彼はいなかった。だから余計に、サカエラのおじさんが、私を可愛がってくれたのかもしれない。


「そ、それじゃ、時間があるときにでも、お願いします」


 私は、にっこり笑顔をはりつけて、部屋にすべりこんだ。

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