<カイル>(13)

 義父である国王陛下がいらっしゃらない間の書類が、山ほど机の上に重ねられている。

 陛下がオルドンに行かれて、すでに一か月以上が経っている。護衛から定期的に届く、現状報告を読むにつけ、国王陛下が順調に回復し、今ではすっかり、サカエラ氏の仕事の手伝いまでしているという。


「いいかげん、戻って自国の仕事をしてもらいたいもんだね」

「……申し訳ございません。実行犯までは辿り着いたのですが、まだ、黒幕までには至らず」


 王太子の執務室内の別の机で、自分同様、山ほどの書類に埋もれているユージンから、残念そうな声が聞こえてきた。


 今回の国王陛下のオルドン行きは、陛下の体調悪化が毒による可能性が出てきたからだった。レイが作った食事の時と、普段の食事とで、陛下の体調が明らかに異なったためだ。

 今までは食後、しばらく身体の不調を訴えていたのに、レイの食事の時には、むしろベッドから身体を起こす気力もあるほどだった。

 結果としては、配膳についていたメイドの一人によるものというのまではわかったのだが、黒幕について調べる前に自死してしまった。

 このまま、陛下が帰国すれば、再び同じことが起こる可能性があるせいで、帰国を促すのが躊躇われる。


「……どうせ、あやつらに決まっているのに」


 頭に浮かぶのは、グライス伯爵とその妻。忌々しい実母の顔。すでに親子の縁は切っているというのに、いまだに『実母』であることに胡坐をかき、他の貴族たちも、その様子を窺っている。今回のこれには、コヴェリ公爵家もかんでいるに違いない。

 しかし、明確な証拠もない。

 苛立ちながら、書類を捲っているところに、伝達の魔法陣による手紙が届いた。


「なんと、陛下からとは珍しい」


 手元に現れたのは、小さなメモに、それより少し大きな写真。それを見て私は固まってしまった。

 写真に写っていたのは、陛下とサカエラ氏の間に挟まれたレイの姿。

 あんなに前髪を長くして、黒ぶちのメガネで隠していた金色の瞳が、今は、前髪が取り払われて、シルバーの細いフレームの眼鏡の中でキラキラと輝いている。

 少し、慌てた顔のレイに、私のハートは、ギュッと掴まれた。

 こんなに可愛いレイは、私だけが知っていればよかったのに。


『カワイイだろ?』


 陛下の文字に、煽られてる自分を自覚する。

 自分から、瞳を隠していたと思われるレイが、こんなふうに自分の顔をさらし、彼女を挟んで写る陛下とサカエラ氏の嬉しそうな顔が、私の心を逆撫でした。たった一ヶ月ほどしか経っていないというのに、彼女がグッと可愛らしさを増しているように見える。

 今、目の前にいたならば、抱きしめてしまいそうなくらいに。

 アストリアにいる間、彼女の頬にキスをしただけで頬を染め、照れる姿に、新鮮な気持ちになったのを思い出す。何の思惑を持ってか知らないが、王宮をうろついている貴族の令嬢たちにも、見習わせたいくらいだ。


「はぁっ……オルドンになど、帰らせなければよかった」


 額に手を当てて、後悔ばかりが湧き上がる。

 仕事に集中することができそうもない私を、生ぬるい目でユージンが見ていたことには気付かなかった。

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