<カイル>(11)
いくつもの書類を睨み付けながら、必要なものにはサインをし、確認の必要なものを避けて、関係者を呼んでは説明を受ける。陛下の体調がすぐれないことは、公然の秘密。その代理業務を私がしなくてはならいおかげで、最近はテオドアとの時間がほとんどなくなってしまっている。当然、レイとの時間もだ。
そして、今日も同じような状況になっていることに、少しばかり苛立ちを覚える。
「失礼します」
ユージンの声で、もう昼の時間なのか、と思い、時計に目をやる。
「もう、ランチの時間には、少し遅いかもしれませんが」
確かに、そろそろ午後2時をまわりそうだ。
「レイは?」
「テオドア様と共に、お食事をなさって、そのまま、庭園でご一緒にいらっしゃいます」
「そうか。で、用件を聞こうか」
書類を整えながら、ユージンを見やると、少し躊躇しながら、彼は言葉にした。
「実は、国王陛下の体調不良ですが、毒を盛られているのではないかという疑いがあります」
「……なんだって」
思わずユージンを強く睨んでしまう。
「毒見の段階でわからないのか」
「はい。残念ながら……どういった方法でなのか、まだ調査段階なのですが」
ユージンは言葉を濁すが、今の現状を考えれば出てくる状況証拠が指し示すのは。
「今、陛下に倒れられて、メリットがあるのは私くらいのものだろう」
「カイル様っ」
「といっても、私としては、今はテオドアとの時間のほうを優先したいから、王座はしばらく遠慮したいのだけれどね」
デスクに置かれた冷めたコーヒーを口にする。
「誰も、カイル様がそんなことをなさるとは思っておりません。むしろ」
苦々し気に床を見つめるユージン。
「グライス伯爵夫人か」
「……はい」
今は亡き実父、ヨハン三世も、なんで、あんな女を愛人にしたのか。
パーティの度に、擦り寄り、実母であると振舞おうとするのを、何度、すり抜けたことか。
「しかし、それだって、私があの女に懐いてでもいればだろうが、実際は真逆ではないか」
「グライス伯爵には実兄のコヴェリ公爵がついておりますからね」
まったく、たちの悪い相手に嫁いだものだ。
国内で、国王家の次に匹敵するような公爵家。過去には、国王家との婚姻関係も何度もあったと聞く。そのコヴェリ公爵家が絡んでくるとは。
「レイの父親のレオンが亡くなった事件でも、黒幕にコヴェリ公爵家がかかわっていたのではないか、という噂もありました」
「……なんだって」
「あくまで、噂です。当時、実行犯はすぐにとらえられましたが、黒幕を白状するまえに、牢内で殺されてしまいました」
せっかくレイが来て、陛下たちの嬉しそうな顔を久しぶりに見ることができたというのに。
「とにかく、陛下には、一度、静養もかねて、城から出られたらいかがかと、思うのですが」
「城内では、安全ではないというのか」
「……まずは、ねずみをあぶりだした方がいいかと」
ユージンの薄い青い目が、冷たく光る。
「わかった。それは、ユージンに任せよう。で、どこに」
「それは、私にお任せを」
「……わかった。とりあえず、食事を部屋に持って来させてくれ。さすがの私も腹が減ったよ」
私の言葉に、かすかに微笑むと、ユージンは静かに出て行った。
私は大きくため息をつくと、ふと、レイの微笑んだ顔が、頭をよぎった。
「そういえば、まだ、レイに陛下の食事を頼んでなかったな……」
窓から見える庭園で、テオドアとともに、楽し気に走り回っているレイを、私は笑みを浮かべながらと見つめた。
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