<カイル>(10)

 陛下の部屋へと戻る道すがら、私の背後を歩くリシャールとチャールズが、レイのことを話している。主に、チャールズが。


「いやぁ、殿下がああいう子がタイプとは、知りませんでしたよ。なぁ? リシャール」

「……」

「確かに、ああいうタイプは社交界では見かけませんからねぇ」

「……」

「でも、ちょっと……幼くないですか?」

「チャールズ、黙れ」

「はいはい」

「はいは一回だと、何度も言ってるだろ」

「はいっ!」


 いつものくだらない会話に、苦笑いをしていると、もう陛下の部屋の前についていた。

 もう王妃との話は落ち着いた頃だろう。そう思い、私は護衛の彼らを残し、部屋に入った。

 陛下はすでにベッドから起き上がり、テーブルを挟んで向かい合っている陛下と王妃の姿があった。


「レイはどうした?」

「部屋に戻らせました……少し疲れが見えたので」

「そうか」


 ホッとしたように、表情が緩む陛下を見て、つい、微笑んでしまう。


「陛下は、本当に、レイが大事なんですね」


 そう言いながら、私も、彼女を大事に思い始めている。


「ああ。私はレオンの代わりに、あの子の将来を見守らなくてはと思っているのだ」


 先ほどまで青白かった陛下の顔が、レイのことを話すときだけは、生への執着心が垣間見えた気がする。


「これからは、その仲間に私もいれてください」


 テーブルの上に置かれた陛下の手に、王妃の手が重ねられる。私がいない間に、どんな話をしていたのか。しかし、仲睦まじく微笑む二人には、今まで以上に、絆が深まったように見えた。


「そうだ!」


 突如、まるで、小さな子供のように陛下が嬉しそうに声をあげた。


「レイに、頼みたいことを思いついたっ」

「彼女にですか?」

「ああ。レイに、食事を作ってもらいたいのだ」


 嬉しそうに微笑む陛下を、私と王妃は驚いたように見つめる。


「彼女は、料理人ではありませんよ?」

「当たり前じゃないか」


 何をバカなことを言ってるんだ? と言う顔で、陛下に見上げられてしまった。しかし、私も王妃も、陛下が言っていることが、よく理解できなかった。


「いつも、レイの家に行った時、レイは仕事で忙しい母親のメリンダの代わりに、私に食事を用意してくれたのだよ」

「なんですって!? 陛下、そんな小さな子供の頃に、彼女に料理を作らせたのですか!?」

「……私には料理は作れない」


 ムッとした顔の陛下は、まるで、子供にかえったようだ。


「そ、そういう意味ではなくて、それなら、一緒にどこか食事にでかけるとか」

「それは、メリンダが許さなかったのだ」

「まぁ、それは、なぜ?」


 私同様、王妃も不思議そうに問うた。


「メリンダは、私にお金を使わせてくれなかったのだよ。レイには、渡されたお金で、ちゃんと生活できるようにしたいといってね」


 懐かしそうに語る陛下に、レイの母、メリンダとの時間を羨ましく思ってしまう。


「……しっかりした方だったのですね」

「ああ。レイも彼女に似て、しっかり者でね」


 このままだと、延々と思い出話をされてしまいそうだ。


「では、後でレイに聞いてみましょう」

「あ、ああ、頼む」


 二人を残し、再び部屋を出ると、過去のことを思い返す。

 いつも、厳しい顔の陛下との時間のほうが多かった。王妃も、公務以外での笑顔は、あまり多い方ではなかった。そんな二人の、今までとは違う姿を見られて、心なしか、自分の気持ちも少しだけ晴れた気がする。

 強引ではあったが、レイを連れてきてよかった、そう思った。

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