第5話 美形に捕まる

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 あの超美形に追いかけられるのではと思ったけれど、なんとか上手く撒くことができたらしい。とりあえず、早いところサカエラのおじさんの家に帰ろう。

 明日は週末。学校に行くこともないから、ずっと家にこもればいい。

 実は、歩いて帰るには、少し距離がある。街の中を巡回している乗合馬車に乗った方が、近くまで行ってくれる。

 だから、私は、停車場へ向かおうとしたんだけど。


『捕まえた』


 ガッシリとした男の手に肩をつかまれ、いきなり振り向かされた。

 まさかの、さっきの超美形である。

 気配もなく私の背後にいるせいで、驚いて声も出ないし、力加減もせずに振り向かせるものだから、その勢いで、前髪が振り上げられてしまった。


『!?』


 何故か、美形のほうが驚いた顔で、私を見下ろしていた。

 ただ、運のいいことに、この超美形は驚いた瞬間、肩から手を離していた。そのタイミングを使わない手はない。

 私は慌てながら、再び人ごみの中に紛れ込んだ。この時間帯は買い物に出ている庶民が多いせいか、人の流れに紛れ込みやすい。

 そう、紛れ込みやすいんだけど、その流れが意外に強くて、自分が今どこにいるのかわからなくなるくらい流されてしまった。


 ……結局、家に着くまで、一時間近くかかってしまった。

 気が付けば街の塀の所まで行ってしまっていて、そこから戻る羽目になったのだ。

 最悪だったのは、サカエラのおじさんの家とは反対方向だったのと、普段、馬車での移動がほとんどなものだから、すっかり道がわからなくなってしまった。見慣れた風景に出会うまで、あちこちで聞きまくって、それだけでくたくた。

 屋敷のドアを開けて「ただいま戻りました」と言い切る前に。


『帰って来たね』


 聞き覚えのある声がして、目が点になる。

 なぜなら、さっきの超美形がニコニコ笑いながら、出迎えているのだ。ギョッとした私は、慌てて入ってきたドアから飛び出そうとした。


『今度は、逃がさないよ』


 彼は、私の襟首をつかむと、空いたほうの手で、私の腰の裏あたりに腕を通して軽々と抱き上げた。


「う、うわぁっ!?」


 人生初の、姫様抱きだ。それも目の前に超美形の笑顔がある。顔から、ぷしゅ~、と湯気が出そう。


「レイ様、おかえりなさいませ」


 そんな私を、面白いものを見たとでもいうように、ギヨームさんがニコニコと笑って見ている。


「ギヨームさん、笑ってる場合じゃっ!」

「ギヨーム、レイノヘヤ、ドコ」


 えっ!?


 この超美形、オルドン語話せたの!?

 その上、ギヨームさんの名前を知ってる!?


「はい、お二階になりますよ」


 ギヨームさんは笑顔のまま、部屋の場所を教え、彼は私を抱え上げたまま運んでいく。いやいや、ギヨームさん、そこは降ろすように言うべきでしょう!?


『なんで、あなたが、ここにいるんですか』


 途中から暴れても仕方がないと諦めて、素直に運ばれることにした。

 この家にこの人がいるという時点で、きっとおじさんの知り合いでもあるんだろうと、予想がついてしまったからだ。

 そんな人に反抗しても、私にはなんのメリットもない。


『君の部屋はどこ?』


 階段を登りきった超美形は、そう言って私の質問には答えずに、私を二階の廊下に降ろした。


 ……なんで、自分の部屋に案内しなきゃいけないんだろう。


 一応、私たち、若い男女よね? ギヨームさんは、普段あんなにマナーに煩いのに、今日はなんで、簡単に許しちゃうの?

 私は軽くため息をつくと、ゆっくりと私の部屋にある方へと歩き始めた。

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