<カイル>(3)

 目の前にいる眼鏡をかけた少女は、私を見て呆然としていた。

 ユージンからも聞いていたが、黒髪は肩ぐらいの長さの三つ編みに、長めの前髪の下には、大きな眼鏡で目まではわからない。貴族の女性では一般的ではないものの、これくらいの長さであれば、庶民が髪を売って生活費を稼ぐこともある。制服は膝下スカートをはいているあたり、女性ではあるということだろう。

 それよりも、私はそんなに驚くような格好をしていただろうか?

 自分の格好を確かめてみるが、そう派手でもないはずだ。

 そういえば、確か、ユージンは彼女はアストリア語が流暢だと言っていたはず。


『大丈夫かい?』


 私が心配して声をかけたとたん、大きく開けていた口をつぐみ、身構えるように鞄を抱きしめた。それはまるで、猫が敵を威嚇する姿に似ていた。


『あなたは、誰?』


 ようやく答えた彼女の声は、訝しそうに聞いてくる。

 小柄な身体に似て、少し高めの可愛らしい声だった。きっと、そう言うと、怒るかもしれないが。


「クスッ」


 思わず笑ってしまった私に、少女はバカにされたと感じたのか、ジッと睨みつけながら口を曲げて、少しずつ後ずさりを始めた。


『ごめん、私はユージンの知り合いなんだけど』


 公務で使う極上の笑顔と、ユージンの名前を出したら、少しは違う反応を見せるかと思ったのが、その考えは間違いだったようだ。びっくりしたような顔をしたかと思ったら、もっと機嫌が悪そうになっている。


『少し話を聞いて……』


 彼女に近づきながら宥めるように声をかけたが、言い終わるのを待たず、いきなり彼女は走り出していた。


『お、おいっ!』


 学校が終わるまで待った上に、せっかく見つけたのに、逃げられるわけにはいかない。

 そう思って追いかけたのだけれど、表の大きな通りには、少女と同じような制服姿の学生たちが流れるように歩いていく。

 背があまり高くない少女は、うまいこと、その中に紛れ込んでしまった。


『まったくっ』


 やられた、と思って、道の真ん中で立ち止まったと同時に、路地から急に飛び出した私への、驚きと黄色い声が、降りかかってきた。


 ――どの国の女性も、容姿のいい男には目がないらしい。


 自分でもそこそこだと認めているし、いつでもベッドを共にしてくれる女性に事欠いたことはないけれど、こういう時には、平凡が一番だと、痛切に感じずにはいられなかった。

 とりあえず、彼女の反応からも、ユージンが何かやらかしたってことは確実だ。


「後でお仕置きしないとな」


 そう忌々し気に呟くと、私は速足で大通りの人波を縫うように駆けながら、彼女の行方を探すのであった。

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