<カイル>(1)

 のどかな鳥のさえずりとともに、大きな城門を多くの人が通り抜けていく。


『もう少し早く来たら、チェリスの花が満開の時期だったろうに』


 のんびりと周囲を見ているのは、アストリア王国王太子、カイル・アストール二十六歳。

 艶やかな黒髪に小麦色の肌、スラリとした背の高さに、服を着ていても鍛え上げられた体とわかる姿に何人もの人が、目を止めるていく。

 ともに連れている愛馬、フラムの横を歩きながら、オルドン王国の国の花であるチェリス(桜)の終わった木々の植わった街道へと目を向ける。

 学生時代、近隣諸国を一人で旅をしたおかげで、こういった旅には慣れていた。しかし、王太子になってからは、警護なしでの旅行は久しぶりだった。


 今回、警護をつけずに一人、オルドン王国にやってきたのは、義母イレーナと、イレーナの幼馴染のユージン・サージェントの話を聞いてしまったから。どうにか仕事の都合をつけて、なんとしてもオルドン王国に来て確かめるために来てしまった。

 もし、その話が本当ならば、この地位を譲らなければならない、と思ったからだ。




 遡ること、一か月前。

 国王、エルド六世が体調不良を言いだした頃。


『……ユージン、お願い。もし本当なら』

『エルド様が、そんなわけないでしょう。もしそうなら、あの方のことだ。あなたにもちゃんと伝えるでしょう』

『そんなこと、わからないわ。あの人は、私のことを大事に思ってくれるから……余計に、言えないのかもしれない』


 会話を漏れ聞いたのは、義母に義父エルド六世の公務について相談をしようと赴いた時。カイルには、そんなつもりはなかったけれど、立ち聞きしてしまった。

 二人は幼馴染とはいえ、男女。まさかと思いながらも、心配してしまったのは、カイル自身が、元妻の不貞で傷ついた記憶が残っているからだった。


『私、見てしまったのよ。あの人が、その子供の姿絵を嬉しそうに眺めているのを』


 その子供?

 まさか、義父のほうに問題が?


『きっと、あの人の隠し子に違いないわ』


 涙をこぼしながら、ユージンにしがみついている義母。


 ……そんな。義父がそんなことをするわけがない。


 そう思いながらも、カイルはその場から立ち去ることができなかった。


『わかりました。その子供について、お調べしてみましょう』

『お願い。もし、あの人の子供なら……カイルには悪いけど、あの人の子……直系の子に継がせたい……たとえ、私の子供でなかろうとも』


 唇を噛みしめながら、手にしている手紙をユージンに渡す。


『これは、その子供が国王に送って来た手紙よ。オルドン語とアストリア語で書かれているけれど。オルドン語のほうは、私にはよくわからないわ』

『……レイ・マイアール』

『性別まではわからないけれど。もし男なら、皇太子に、女なら、それこそカイルと結婚させてもいいし』


 ――結婚!?


 思わず手を握りしめるカイル。

 元妻と別れて、すでに三年たっているけれど、彼女の裏切りにまだ心の傷は癒えない。結婚などよりも、息子のテオドアとの生活が守られる方がずっといい。

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