第3話 二人のおじさん
サカエラおじさんは、大きな商会の会長で、いつも忙しくしている。
元々は平民だったのを、功績が認められて、準男爵の地位をいただいている、れっきとした貴族なのだ。
大陸を縦横無尽に移動して、その上、社交界でもひっぱりだこ。だから、おじさんと同じ屋敷に住んでいても、たまにしか会うことはない。
それでも、通信の魔道具で頻繁に連絡を取ってるから、寂しくはない。
「レイ様、お帰りなさいませ」
家に着く執事のギヨームさんが出迎えてくれた。その後ろには侍女頭のマリエッタさんが笑顔で控えている。
「ただいま戻りました。マリエッタさん、お昼、全部食べる時間がなくてお弁当を残してしまったの。ホッズさんに謝っておいてください」
マリエッタさんに、申し訳なさそうに弁当箱を渡す。料理長のホッズさんは、私のお弁当を作るのを楽しみにしてるだけに、残すのは本当に忍びないのだ。
「あら、お忙しかったんですか」
「はい。ちょっと、先生に呼ばれてしまって」
そう言って苦笑いすると、私は自分の部屋に向かった。
サカエラおじさんは離婚していて、今は独身を謳歌しているらしい。
再婚の話はいくらでも来ているみたいなんだけど、なかなかおじさんの目に適う相手がいないみたい。それでも、前の奥さんに引き取られた一人息子に会うのは、楽しみにしているらしい。
その一人息子が本来使うはずだった部屋に、今は私が暮らしてる。
制服から着替え終わるころに、小さな青い鳥が現れた。『エルドおじさん』からだ。つい、あの仮装した格好を思い出して、クスッと笑ってしまう。
小鳥を掌に乗せると、キラキラと光に変わり、小さな折り畳まれた手紙だけが残る。それを開いてみると、見慣れたおじさんの文字が書かれている。
『久しぶりだね。レイに会いたいよ』
短い文章だったけれど、おじさんが手紙を書いている姿を想像すると、思わず微笑んでしまう。
「今度はいつ来てくれるかなぁ」
小さなくなった手紙を見つめながら、ぽそりと小さく呟いた。
* * * * *
小さな手紙を手に、ガウンを羽織った状態で、広いベッドで上半身を起こしている一人の男。
『レイ……本当に、君に会いたいよ……』
受け取った手紙に目を通し、手を額に当てて、ため息をつく。
彼は、アストリア王国の王、エルド六世。黒髪に白髪がチラホラと見えだしてはいるものの、四十代半ばの働き盛り。そんな彼が、ここ最近体調不良を感じ、寝込んでしまっている。
レイからの手紙から、何者かが彼女に接触してきたことに、不安に思う。
エルド六世は、まだ赤子のレイを抱きかかえたメリンダとレオンの絵姿を手にする。屈託なく笑う三人の絵姿に、寂し気な笑みを浮かべる。
『レオン……君の娘は、大きくなったよ』
今は亡き親友のレオンと……そして、自身の妻イレーナと同じ金色の瞳を持つレイ。
エルド六世は、うっすらと微笑みながら、再びベッドに横たわった。
* * * * *
ユージン・サージェントは宿屋の広い部屋の窓際に立ち、窓の外へと目を向けながら、通信の魔道具を手にしている。
『すまない。ちょっとした行き違いで、彼女に協力を頼めなかったよ……彼女は、金や脅しでは、屈しないタイプみたいでね』
『……』
『もう一度、違う方向からアプローチしてみるよ』
『……』
『え。なんだって?』
『……』
『……彼には内緒のはずじゃなかったのか?』
『……』
『……彼が来るというなら』
『……』
『ああ、それじゃ、また』
通信を終えると、ソファに深く座り、 腕をくむ。
天井を睨みつけながら考え込む顔は、眉間に深いシワをよせている。
『……自分の地位を守るためにか。それとも』
窓から見える夜の街の景色に目をやりながら、ユージン・サージェントは大きくため息をついた。
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