第2話 失礼な人
サージェント様は忌々しそうな眼差しで、校長の出て行ったドアの方を見ながら『まったく、さっさと出てけっての』と、たぶん、サージェント様の母国語でポツリと呟いた。
たぶん、西の方にあるアストリア王国の言葉だ。
母に嫌というほど勉強させられたから、すぐに言葉の意味がわかるだけに、思わずカチンときてしまう。
『失礼ですよ』
つい、アストリアの言葉で注意してしまった。
そんな私を驚いた顔で見るサージェント様は、今まで見せてきた作られた表情ではなかった。
『おや、君はアストリア語が話せるのかい』
『少しなら』
『そうか。さすが、メリンダ・マイアールの娘だな』
えっ!?
なぜ、母の名前が出てくるの?
思わず、不審なものを見るかのように睨みつけてしまうが、長い前髪のせいで、相手にはみえないだろう。
『私にどういったご用件ですか。サージェント様』
できるだけ落ち着いた声で話せたと思う。
私にこの国以外の知り合いがあるとしたら、亡くなった父親の関係者くらいしか、思い浮かばない。
不躾に、ジロジロと私を見つめるサージェント様。
こんなにカッコイイのに、こういう態度をされると、あまり気分はよくない。
『あの』
『ああ、失礼』
サージェント様が身をそらして腕を組んで私を見下ろす。
『私は、ある女性から君のことを調べてくれるように頼まれた』
ある女性? 思わず、首をかしげてしまう。
この国以外の人が、私にどうして興味などわくのだろうか?
きょとんとした顔で、サージェント様の顔を見る。
『君は、自分の父親のことを知っているか?』
ドキッとした。
私の父親のことは、母から聞かされていた。
――ある国の王様の近衛騎士だったと。
とっても体の大きい人で、笑顔がチャーミングだったと。そして、私の瞳と同じ、金色の瞳をしていたと。
『はい』
『そうか。それは、彼か?』
そう言って、私の目の前に出された絵姿を見て、驚いた。
それは、子供の頃、いつも遊びに来てくれた『エルドおじさん』だった。
ただ、その絵姿で見る姿はどこかの王侯貴族のような格好。
『この人は?』
『君は、そうか、そうでないか、を答えるだけでいい』
「仮装パーティー?」
思わず、小さくつぶやいた。
『なんだ?』
私の言葉が聞き取れなかったのか、不審げに聞いてくるサージェント様。
しかし、『エルドおじさん』が、こんな格好してるなんて。母が知ったら、絶対に、絶対に大笑いだ。実際、私も吹き出すのを我慢している。
『い、いえ……この人じゃないです』
やっばい、このままだと、思い切り吹き出してしまう。
私の反応が納得いくものではなかったのだろうか。無言で、見つめてくる。そして、唐突にこう言った。
『親子鑑定をしたいので、協力してくれないか』
……はい?
この人は、私が『エルドおじさん』の子供だとでも勘違いしているのだろうか?
『あの』
『協力してくれたら、こちらからもそれなりの報酬を君に支払おう』
何を言ってるんだろう?
『嫌だと、断ったら?』
『……君がお世話になっているサカエラ氏に迷惑がかかる、とだけ言っておこう』
冷ややかな瞳で見つめるサージェント様を睨み返す。
『だったら』
私は制服のポケットから、おじさんに渡されていた掌サイズの通信の魔道具を取り出した。何があってもいいように、と、常日頃から持たされていたのだ。
「おじさん、聞こえてました? 私、断っても構いませんよね」
『ああ。そんな失礼なヤツには、答える必要はないよ』
サージェント様があっけにとられた顔をしているのを、クスリと笑って、私は軽く会釈をしてそのまま部屋を出た。
* * *
ユージン・サージェントは、『やられた』という顔をしたかと思うと、クスクスと笑い出し、ついには爆笑になっていた。
なんとも、愉快だ。
あんな子供が、私の脅しに屈しないとは。
むしろ、私に余裕の微笑みを向けるとは。
その軽やかな笑い声は、静かな廊下にも響いていた。
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