オルドン王国 邂逅編

第1話 呼び出し

 緑の葉がサワサワと揺れ、心地よい風が教室の中に流れ込んでくる。

 授業中だというのに、先生の声は頭の中に刻まれることもなく、私は窓際の席から外の景色を眺めていた。

 窓から見える景色のなかに、ずいぶんと立派で大きな黒い馬車が入ってきたのが見えた。紋章が日差しを受けてキラリと光ったけれど、少し遠くてよく見えない。

 少しばかり気にはなったけれど、ただそれだけのこと。

 早く昼休みにならないかな、と、私はそのまま、ぼんやりと外の景色を見つめ続けた。


 先生が午前中の授業を終わりを告げる。ガタガタと教室の中の騒めきの中、私は鞄の中から、サカエラのおじさんのところの料理長お手製のお弁当を出す。

 いつも一人で弁当を広げる私のところに、群がってくる人はいない。

 あんまり人と関わると、ろくなことがないのは経験済み。黙々と弁当をつついている私に、目を向ける人などいない。

 そんな長閑な昼休み、教室の扉が勢いよく開いた。


「レイ・マイアールはいるかね」


 この声は副校長かな。何事だろう、と、ぼーっとしながら弁当をつついている私。


「レイ・マイアール!」

「あっ、はい」


 自分の名前を呼ばれてたのに、気づかないでいた私。

 まだ、弁当を食べ終えたわけでもないのに、面倒だなあ、と思いながら、中途半端に残った弁当を鞄に仕舞いこむと、副校長のいる出入り口へと向かう。

 教室を出て行く私の姿を、誰も見送りもしないし、特に声をかけるでもない。

 このクラスで、私と話をしようとする人なんかいない。


 ――私自身が、誰にも話しかけないのだから。

 ――できるだけ目立たないように、してきたのだから。


 そもそも、私の名前すら、誰も覚えていないかもしれない。


「失礼します」


 副校長の後をついていってみると、なぜか応接室にたどり着く。

 なんで? と疑問に思いながら、彼の後から入ってみると、目の前には、椅子に座っている校長と、窓のほうを向いている大きな男の人が立っていた。

 黒いスーツを着て、白髪を一つに結んで長く下している。

 体格はすごくいいのに、髪の色から、おじいさんなのかな、と、思ってしまう。


「あー、マイアールさん? そこに座って」


 校長は、ハンカチで汗を拭きながら、なぜだか目をキョロキョロさせている。


「はい」


 言われた通りに座ると、窓際にいた男の人が振り向いた。

 振り向いた顔は、ずいぶんと整った顔をした男性だった。

 白髪と思ったそれは、私が住むオルドン王国では珍しいシルバーと言えるような髪で、外からの光でキラキラしている。そして、その人の瞳は、怖いくらい冷たい氷のような薄い青い目をしていた。


「サージェント様、彼女がレイ・マイアールさんです」

「アリガトゴザイマス」


 校長に、温かな微笑みを見せたかと思うと、そのまま、私に視線を向けてきた。


「ハジメマシテ、レイ・マイアール。ワタシハ、ユージン・サージェントトイイマス」


 ニコニコしながら、手を差し出して来た。


「は、はい……はじめまして」


 私の小さい手を、びっくりするくらい大きな手で包み込んで、ぶんぶんと振り回すような握手。


「センセイ、ワタシノホウカラ、ハナシシマス。フタリキリニ、サセテクダサイ」


 さっきから、片言な感じのオルドン語が、仕事の出来そうな感じの外見のこの人から零れてきて、なんだか変な感じだった。


「い、いえ、さすがに、二人きりには」


 校長は、私とサージェント様を見比べながら、なんとか同席しようと試みてくれているけれど、サージェント様は有無を言わせない目力で、先生方を部屋から追い出した。


「何かあったら、声をあげるんだよ」


 校長先生は部屋を出る間際、私の耳元で心配そうな声をかけてくれた。

 さすがに、私みたいなちんちくりんに何かするわけもないと思いながらも、校長がせっかく気遣ってくれたのだ。


「はい」


 小さく頷くだけ頷くと、目の前に座ったサージェント様へと向き合った。

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