ご落胤じゃありませんから!

実川えむ

プロローグ

 母さまが倒れたという連絡がきたのは、学園で体育の授業中だった。

 私は運動着のまま、肩掛けのアイテムバッグに制服を突っ込んで、教室を飛び出した。校門には、母さまの親友のサカエラのおじさまが迎えに来ていた。


「レイ、早く乗りなさい」


 硬い表情のまま、黒い立派な馬車の座席のドアを開けて、私に乗るように促す。

 そして隣に座って冷静な声で母さまの状態を話すおじさま。だけど、まともに頭の中には入ってこない。

 サカエラのおじさまは、亡くなった父さまの親友で、一人で私を育てている母さまを、ずっと気にかけてくれていた。一時期、おじさまが、本当は私の父親なんじゃ? と思うくらい。


 馬車のガラス越しに、自分の顔が映る。


 黒い三つ編みの髪の先を弄る指は止まらず、長い前髪の下に、黒ぶちのメガネ。そのメガネの奥にあるのは……不安げな金色の瞳。小さい頃は、この金色の瞳が、周りの子と違うからと、よくいじめられていた。

 人との違いを感じさせられないようにと、前髪を伸ばして、メガネをかけて、この瞳を隠してきた。もう少し大きくなったら、貯まったお小遣いで認識阻害の魔道具を買おうと思ってた。そうすれば、誰も私の顔なんて気にしなくなるはずだから。


「病院が見えてきたよ」


 抱え込んでいた使い古されたアイテムバッグを抱きしめる。

 そのままじゃ女の子らしくないと、母さまがリンゴのアップリケをつけてくれた。父さまが私に残してくれた唯一の物。

 頭に浮かぶのは、小さい身体で、あちこちと忙しそうに働いている母さまの姿。

 どんなに大変でも、いつも笑顔を見せてくれた母さま。

 コロコロと表情を変えて、かわいらしい母さま。

 今朝だって、元気そうに私を見送ってくれていた。

 そんな母さまが。


 ――今、目の前のベッドで、眠っている。


「母さま……?」


 その顔には、どこか安堵の表情を浮かべて、ただただ眠っているだけのように見える。声をかければ、すぐにでも起き上がりそう。


「母さま、起きて。帰ろう?」


 だけど、母さまの目は開かない。

 何度も、何度も声をかけるけど、ピクリとも反応しない。


「う、うわぁぁぁぁぁっ!」


 気が付けば、私は、母さまの小さい身体を抱きしめて、泣いた。



 ――オストロス学園に入学した年、十三歳の体育祭目前の秋のことだった。

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