第12話

 ソフィアはいつものような抜けたような様子はなく、真剣な面持ちでそんなことを言った。

 俺も真剣な表情をするソフィアには大変驚いた。

 いつものホンワカした感じで、あんなことを言われたら俺のことをからかっているんだなと思うのだが、今はきりっとした碧眼がこちらを覗いている。


 俺はその様子をみて、ソフィアが嘘や冗談を言っていないと分かったので、俺は目には目を、歯には歯を、真剣には真剣をといった感じにソフィアの話を聞くことにした。


 というか冷静に考えてみたらソフィアがここで嘘をつくメリットなんてなかったのだが……


「ソフィア、いろいろ隠しごとがあることはわかっていたから気にしなくていい……でもこんな風じゃなくて普通に話してくれたらもっと嬉しかったかな……」


 俺は別にソフィアが隠し事をしていたことくらいは気づいていたし、後で聞こうと思っていたからソフィアが黙っていたことに関して俺が怒る気なんて毛頭ない。


 まぁ、俺も男の端くれとしては女の子に頼られたいという欲はあるから、ソフィアに真っ先に頼られなかったことが悲しくない、と言ったらそれは嘘になるだろう。

 

 俺にそんな残念オーラが漂っていたのがソフィアにはわかったのか、ソフィアが本当に申し訳なさそうな感じでこんなことをいう。


「……ごしゅじん、ごめんなさい……」


 ソフィアの真摯な謝罪に、なんだかこっちの方が惨めな気持ちになってくるので俺は惨めな気持ちをなるべく早く払拭するためにソフィアに話の続きを聞くことにする。


「ま、まぁ、それはいいとして……話を続けてくれるかな?」


 俺がソフィアに話の続きをするように促すとソフィアは真剣な調子を崩さずに


「……はい、ごしゅじん……説明します—————」


 ソフィアが話してくれた内容は簡単に言えばこんな感じだった。


 ソフィアの故郷であるエルフの里が今や内部対立の危機に陥っているとのこと。


 派閥は世界樹派と亜神派と分かれているようで、世界樹派がいわば穏健派であって亜神派は過激派とのことだ。


 なぜこのような事態が勃発した原因はというと、突如ひとりのエルフの青年が亜神になったというのがあるらしい。

 そのエルフの青年はもともとはただのエルフであったのだが、ある日を境にハイエルフになったとのことだ。

 

 そして、その青年がトップに立ち率いるのが亜神派という派閥で、主に若いエルフたちが構成メンバーで『対外戦争、及び領土拡大』を目標としているとのことだ。

 

 またそれに対抗するのがエルフの村長をトップとする派閥の世界樹派という派閥で、主に老齢なエルフたちが構成メンバーで亜神派の抑制、そしてその解体を目標としているとのことだ。


 そもそもエルフは世界樹を守護するための種族で保守的な性格のものが多いらしく、それぞれの構成員の比率は世界樹派:亜神派=8:2といった感じらしい。


 俺はここまでソフィアの話を聞いて、気になったことをチユキに訊いてみる。


(なぁ、チユキ、突如エルフの青年がハイエルフになったってことだけど、今回みたいに進化して上位の種族になるのはこの世界ではあることなのか?)


『いいえ、この世界において進化するということは普通はありませんね……』


(そうか、この世界では普通ではないということか……となるとそのエルフの青年はこの世界ではイレギュラー的な存在なのだろうか?)


『まぁ、その認識であながち間違ってはいませんね。でも今まで進化というのがなかったわけではありませんよ』


(え!? 進化って普通じゃないんだよね!?)


『えぇ、ではありませんよ! でも、この世界では進化というものが知られていないというわけではありません! それはなぜかというと進化は昔、伝説の英雄が進化したとい逸話があるからです!』

 

 チユキが話してくれた内容は俺にとっても驚きだった。


(そうなんだね! ってことは俺もいつかは進化することも可能なんだよね!?)


『はい! それはもちろんです! マスターに不可能はありませんからね!』


 チユキはなんだか自分のことのように嬉しげな様子でそんなことを言う。


(まぁ、自分の進化はまた今度にしよう……今進化なんかして変なことになったら嫌だしね……今はソフィアのことを考えよう! って、そのエルフの青年は方法はわからないけど伝説の進化をしたってわけか?)


『まぁ……そう、なりますかね……』


(ん……どうしたんだ? チユキ!? 他に何かあるのか?)


 チユキの返答がなんだか煮えきらない感じで違和感があったので、そのことをチユキに尋ねてみると、


『はい……マスター! もう、マスターに怒られるのも嫌なので言いますが、今回のエルフの青年の進化はなものですね!』


 チユキは嫌々な感じでそんなことを言った。

 チユキはネタバレ的なことをしたくないらしく、こういうことをするのかなり不本意だそうだ。


 それでも言わずに俺に怒られる方が嫌だそうで、結局は俺に言うことにしたらしい。


(まぁ……チユキにはなんだか申し訳ないけどありがとう! でも、人為的となると誰がそんなことを————)


 俺はチユキに誰が黒幕かを聞こうと思ったが、ふとチユキがネタバレをすることが不本意であることを思い出し口をムと結ぶ。


 チユキも俺の意図を理解したようで、


『マスター! それは後でのお楽しみですよぉ〜!』


 なんて先程の不満げな様子とは打って変わって、嬉しげなく口調でそんなことを言った。


(はぁ……まぁ、それでいいとしよう!)



 俺とチユキが念話で会話している間、アオバはいつの間にか俺の膝の上まで戻ってきていた。


 アオバは俺とチユキが進化について話している最中ずっとソワソワとしていた。


 おそらくアオバは自分がより強くなるために進化に興味があるのだろう。


 まぁアオバがこのままレベル上げを頑張ったらいずれは進化させてあげよう。


 そして、アオバとは違いエルフの少女のソフィアはというと、俺がチユキと念話で話していることはわからないので、俺がぼーっとしているように見えたためか、不思議そうにコテンと首を可愛らしく傾げていた。


「……ごしゅじん、どうしたの……」


「あ、ごめんごめん! 大丈夫だよ!?」


 俺は心配そうに俺のことを見つめるソフィアの頭を優しく撫でてあげる。

 気持ち良さそうな表情を見せるソフィアに俺は色々と疑問に思った事を聞いた。


「エルフの里で内部対立が勃発しているのはわかったけど、ソフィアは世界樹派でいいんだよね?」


「……うん、そう、私は穏やかな方……」


 ソフィアが穏健派である世界樹派に属しているのはソフィアのイメージ的にもよくわかる。

 

 まぁそれはいいとして、俺が今最も気になるのは、ソフィアが何で俺との赤ちゃんが欲しいなんてことを言ったのかだ。

 

 ミリアちゃんみたいに純粋に俺に惚れたというものではなく、おそらくソフィアには打算的な考えがあったことのだろう。


 その真実を確かめるため俺はソフィアにそのことに関して尋ねてみることにする。


「で、どうしてソフィアは俺との赤ちゃんが欲しかったわけ?」


 てか、なんだか言ってるこっちが恥ずかしくなってくるよ……

 俺は必死に恥ずかしい表情を見せないように顔をいつも通りにしようと思っていると、


『【表情偽装ポーカーフェイスEX】を取得しました』


 脳内な無機質なアナウンス音が鳴り響いた。


 俺の質問にソフィアは特に恥ずかしそうな様子は一切なく、


「……ミハエルがしつこいから、ごしゅじんがいればなんとなると思った……」


 ミハエルというのは過激派のトップの青年のことで、その青年自分が亜神になってから何度も何度も同じ亜神であるソフィアに求婚をしているとのことだ。


 ソフィアはというと別にミハエルという青年が好きでもないし、過激派に加担する気もさらさらないので毎度毎度断ってきたのだが、それでもミハエルという青年はソフィアのことを諦めなかった、とのことだ。


 そんなしつこいミハエルに嫌気がさして、ソフィアはエルフの里を1人で抜け出し、助けを探していたということだった。


 そして食べるものがなくなって、お腹が空いたところをオークに襲われたとのことだった。

 そこに何とも丁度よく俺が現れて、それも世界樹の香りまで漂わせていたから、ソフィアにとってはかなり都合の良いようになったとのことだった。


 それにしてもソフィアはあんなホワホワしているイメージがあるのに、色々と考えているのだなと俺は感心するのであった。


 まぁ、人に利用されるのはなんだかいい気分ではないが、ソフィアの事情も事情だし、これも何かの縁ということで受け止めることにしよう。


「まぁソフィアの事情というか、エルフの里の事情は大体はわかったけど、具体的に俺に何をして欲しいの?」


 俺がソフィアにそう言うと


「……ごしゅじんにはとりあえずエルフの里に来て、世界樹様とあってほしい……」


 ソフィアが申し訳そうにしながらもこんなことを言った。


 俺としては別にエルフの里に行って損することもないので、断る理由もなかったので即決でエルフの里へと向かうことした。

 

 俺がエルフの里に行くことを同意するとソフィアは心から嬉しそうな笑顔を向けて、俺の胸元に飛び込んできた。


 俺もそんな可愛らしいソフィアの様子に気が緩み、優しくそのまま頭を撫でてやった。


 アオバとチユキが何か言いたげにはしていたが、とりあえず無視することにして今夜は寝ることにした。


⭐︎⭐︎


 翌日。

 この日もチユキのモーニングコールによって目を覚ました。

 アオバは早起きなのか、もう起きていたらしく俺のお腹の上でピョンピョンと跳ねていた。

 ちなみに衝撃は一切ない……


 ソフィアはというとグータラのお寝坊さんのようで、むにゃむにゃと幸せそうに眠っていた。


 どこからどう見ても小さな子供なのだが、長命種族のエルフだけあって、ソフィアは裕に100歳を超えている。


 俺はそんな幸せそうなソフィアを起こすのに気が引けたのだが、いつまでも待ってやるほど優しくないのでソフィアを起こすことにした。


 俺が優しく何度も声を掛けるとソフィアも目を擦りながらのそりと起き上がった。


「……ごしゅじん、おはよう……」


「あぁ、ソフィアおはよう! じゃあ俺も用意するから、ソフィアの方も支度を済ませてくれる?」


 俺がソフィアに出発の準備を整えるよう言うとソフィアも素直に


「……ふぁーーあぁ、うん、わかった……」


 ソフィアは眠たい目を擦って、長いあくびをしながらもピースサインをこっちに向けて了解と伝えてきた。


 俺もソフィアの返答を受けて、早速自分の支度を済ませていく。


 俺がお湯で顔を洗おうとすると、アオバがスルスルと俺の元へと近づいてきて、


『ご主人様ぁ……使わないのぉ〜〜?』


 アオバがなんだか涙声でそんなことを言ってきた。

 俺的には別に使わない理由もなかったので、


「もちろん使うよ! せっかくアオバとチユキが作ってくれたんだからね!」


 俺はアオバにそう言って、無限収納インベントリからアオバ&チユキ特性の洗顔料を取り出して洗顔をする。


 俺が洗顔料を使っているとアオバとチユキは嬉しそうにしていて、一方ソフィアはというと世界樹の香りが気になるようで、


「……ごしゅじん、わたしも使っていい……」


 なんてことを言ってきた。

 俺はアオバとチユキに使わせてあげても良いか、思念を飛ばして確認を取ったところなんとか許可が下りたので、ソフィアに使わせてあげることにした。


 ていうか世界樹の雫はソフィアに対しては誘淫効果があった筈だけど大丈夫だろうか?


 なんて思ってたところ、しっかりとソフィアに誘淫効果が発動されたようで、ソフィアは顔を真っ赤にしてクネクネと体をくねらせていた。


 だがさすが神だけあって状態異常に関しての耐性は高いらしく、すぐに元のソフィアに戻っていった。


 俺とソフィアは一応後ろを向きながら着替え、お互い着替えを済ませて朝食を食べるために階下へと向かった。


 食堂のある一階に行くと、俺たちと同様に『白鳥の安らぎ亭』に泊まっていった客と女将さんのメイナさんがそこにいた。


 メイナさんは俺とソフィアのことを見かけると、


「あらあらぁ! 2人ともおはよ! 昨日はごめんねー! ゆっくりできた?」


 メイナさんが朗らかな笑顔でそんなことを言ってきた。


 爽やかなのだが、どこかメイナさんの目には俺たちを揶揄うような視線が含まれているのが俺にはわかった。


 まぁわざわざ昨晩のあれこれをメイナさんに教えてやるような筋合いもないし、というか俺とソフィアには何もなかったから何もいうことはないのだが……


 俺はただメイナさんに朝の挨拶をしただけだったが、俺の後ろにいるソフィアはというと「……おはよ……」とメイナさんに言った後、満面な笑みを浮かべてメイナさんに向かってグッドサインをしていた。


 って、ソフィアさん!? そんなことしたらメイナさんに誤解されますよ!? 何やっちゃってんの?

 

 メイナさんもソフィアの様子を見てか、よくやったみたいな満足そうな顔をしてグッドサインをソフィアに向けていた。


 ほら!? 完全にメイナさん勘違いしちゃってるよ……


 まあもう弁解するのもめんどくさいし、なんでもいいや……


 俺はそんな風に通じ合っている2人の様子に内心呆れながら、


「メイナさん! 朝食の方2人分用意してもらっていいですか?」


 俺はソフィアと楽しそうに話をしているメイナさんに朝食を持って来てもらうように頼む。


「はいはい、わかったよ! 昨晩は疲れてると思うからサービスで大盛りにしておくわね!」


 メイナさんはそんなことを言って厨房の方へと向かっていた。

 俺はそんなメイナさんの様子に呆れながらも、空いていた席に座って朝食を待つことにした。


 しばらくして朝食が出て来たが、たしかにその量は多かった。

 

 まぁこれもメイナさんの好意であったので、無碍には出来ず美味しく朝食を頂いた。


⭐︎⭐︎


 朝食を食べた後、早速俺とアオバ、そしてソフィアはエルフの里へと向かうためヴァッカの森へと向かった。


「よしここら辺まで来たら大丈夫だな!」


 俺たちはヴァッカの森の奥へと歩み、人影のない場所で立ち止まった。


「……うん、ごしゅじん、周りに誰もいない……」


 ソフィアが周りを確認してくれたが、念のために自分でも周りの確認をしておいた。

 ソフィアのいう通り誰もいないようなので、早速俺たちは行動に移ることにした。


「ソフィア、とりあえずさっき言っておいたことはいいか?」


 俺が真剣な眼差しをソフィアに向けてそう尋ねると


「……うん、わかってる、ごしゅじんはただの人……」


 ソフィアはわたし、偉いでしょと言わんばかりに胸をえっへんと張っていた。


 ソフィアもちゃんとわかっているようで俺も安心した。


 ソフィアに言っておいたのは俺の本当のこことは言ってはいけないということだ。

 エルフの里に行く際、俺はただの人であることにするということだ。


 ソフィアも俺の異常さに関しては理解してくれているようですんなりと承諾してくれた。


 アオバはというと冒険が楽しいのか、早くエルフの里に行きたいようでソワソワとしていた。


 準備が整ったところで俺たちは早速エルフの里へと向かう。



「じゃあ行くよ! テレポート————————」


 次の瞬間、俺たちは真っ白な光に身を包まれ、そして浮遊感に襲われた。





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