第8話 森へ?
じゃりじゃりと音をさせて、メットンは山道を登る。コンネの里への道を途中まで辿ってきたのだった。少し開けたその場所で、腰をおろして一口水を飲む。
ふと顔をあげ、しんと静まり返った森に向けてぽつりとつぶやいた。
「……この辺で良いかなぁ」
左手には川が流れ、さらさらという音が聞こえる。傾斜も厳しくはなく、初めてひとりで森に立ち入るのであれば絶好のポイントに思えた。
意を決し、胸のあたりまである草を分けて開きながら森へと踏み入ったのだった。
草葉が腕や足を切り裂くことがないのに安心し、ずんずんと進んでゆく。森はただただしんと静まり返り、不気味にも神聖にも思えた。
——森には、地上のトコントがいる。
それを思い出し、キミンを宙になげてトコントへ祈りを捧げ、歩を進めたのだった。
しばらくすると辺りは森の緑で埋め尽くされ、川のさらさらという音も聞こえなくなってしまった。随分離れたところにきたのだ。そう実感して、背筋に寒気が走る。
「……でも、でも前のメットンなら立ち止まらない」
そう、前のメットンなら。好奇心旺盛だというメットンならこうした森も、どんどん踏み進めていくのだろう。自分はメットンだ。だからきっと大丈夫。
そう言い聞かせて進む。
すると、ぽっかりと丸く開けた湖畔に出ることができた。そこは草も背が低く、満ちた水もただ静かに湛えている——そんな場所だった。周りの木々には、キミンが多く生っており、重たい実を抱えた枝はしんなりと枝をしたに垂らしていた。
「キミン、すごい……こんないいものが、近くにあったなんて」
思わず木に駆け寄って、ぴょこんと跳ねてキミンをもぎ取った。いつも見るキミンよりも半分ほど大きく、かぶりつけそうな大きさをしていた。それをじっと見つめていると、
がさっ
背後で誰かが動くような音が響く。勢いよく振り返ると
「————誰も、いない? 」
そこにはただ静かに満ちる湖畔だけ。低い草はさわさわと揺れるばかりだった。
メットンは気になって、大きな声で呼ぶ。
「だぁれー? 隠れないで、話をしよう! 」
何度かそう呼びかけてみるも、ただ暖かい風が頬を撫でていくだけだった。湖畔の方を見つめていると、いつからあっただろう。小さな石の台を見つけたのだった。
初めからあっただろうか。でも、こんなものがあったら気が付くはずなのに。
首をかしげながら、そこへ近寄ってみる。すると、隣で
がさっ
再びあの音がした。振り返ってみても、やはり誰もいない。確かに音はしたのに、姿が見えない。
と、いうことは。
「……トコント? 」
応えるようにして暖かな風がメットンを包んだ。地上のトコントだろうか。それとも湖畔の、あるいは水のトコントだろうか。考えてみたが、答えはメットンの中には見つからない。
しかし、トコントに話しかけられるのなら。
「トコント。この実を台にお供えします。なので、この湖畔の周りにある木々から、袋に入る分だけ、村へ持ち帰っても良いでしょうか。良き友に、村長に、これを食べさせてやりたいのです。」
そう語りかけ、キミンを台に置いて少し待った。しばらくすると、一際強く風が吹いてきて、思わず目を閉じた。
「……風の吹く気配なんか、なんにもなかったのに」
そうして間の前に視線を戻すと——
「キミンが、かけている……? 」
誰かが齧ったような跡があった。メットンはそれをトコントの答えだとして、できるだけ大きく声を出そうとめいっぱいに空気を吸い込んだ。
「ありがとうございます! これで美味しいキミンを食べさせてあげることができますー! 」
風がゆったりとそよぐ。メットンは、踵を返して木々のもとへ近寄って、重く垂れさがるキミンをもぎ取った。やはりそのどれもがずっしりと重く、実が詰まっている。
メットンはそれを持ってきた袋一杯に詰めて、足早に湖畔を去った。
もちろん、トコントへお礼をいうのも忘れない。
メットンは小走りに村へと向かう。草葉をかき分け、ただ一心に進んだ。次第に川の音が聞こえてきて、もとの道へ出られたことがわかったのだった。
そこからは村へ一直線に走るのみだった。じゃりじゃりと音をたてて村へ向かうと、
「ナコット! 」
「め、メットン⁉ おまえ、旅に出たんじゃ」
「あのね、あのね凄く良いキミンが生っているところを見つけたの! それをナコットやプットン達に食べさせたいなって思って、一度戻ってきた! 」
「それって……って、メットン⁉ 早いな! 」
メットンはずんずん歩いてプットンのもとへ急ぐ。プットンへこれを渡しさえすれば、あとは向こうで振り分けてくれるだろう。それほど沢山のキミンをもいできたのだった。
「メットン! どうした? なにかあったのか」
「プットン。自分は、これを渡しに来たのです。近くにキミンがよく生っていたところがありました。そこで、沢山もいできたのです。これをみんなで」
「おお……、こんな立派な実が生るところがあろうとは。それでわざわざ戻ってきてくれたのか。ありがとうな、メットン。ほんに心優しいコットだ」
「! ありがとうございます。それでは、自分は再び旅へ行ってきます! 」
「そうかそうか。くれぐれも用心しておくれ」
「はい! 」
そう言って、プットンの下を辞した。心配そうな顔をするナコットにも、「心配しないで! 」と一声かけて再び村を出る。立ち止まっては、いけない。
さあて、次はどこへ行くべきだろうか。
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