第7話 むかしむかし
くあぁ、と大きなあくびをひとつ。ナコットは眠たい目をこすりながら、前を行くメットンに続いて歩いていた。
ナコットは身長が八十センチ。前のメットンはさらに大きい、九十センチの長躯だった。メットンはその長い脚を動かして、どんどん山道を登っていく。
「待て、よぉう、メットン……こちとら、寝起き……」
「情けないなぁ、ナコット。起きてよ。沢山キミンもキワンも取るんだろー? 」
「うう、足元は冷たいし……道は斜めっているし……眠い、し……」
「置いていくよナコットー」
そんな手厳しいメットンに、なんとかくらいついて登っていく。前の夜に雨が降ったため、森はしっとりと濡れていたので足元が滑りやすくてかなわない。
しかしこの森の状態ならキワンを剥ぐのも容易いだろう、と朝早くにメットンに起こされたのだった。……そして、今に至る。
ナコットは起きてすぐに腕を引っ張られて連れ出されたので、未だに足元がおぼつかなかった。そんなナコットをちらと様子を見ながらも、メットンはずんずん登っていく。
そして、ついに。
「ナコット!泉だ、少し休憩しよう。さぁ、ほら籠を置いて」
「うう……やっと……」
「もう、仕方のないコットだ、おまえは」
そんな無茶な、と思いながらナコットは泉の水を飲み、横になる。未だ眠気は晴れず、ぼうっとしている感じがした。
一方メットンは早速キワン剥はがそうと木に登っていった。
好奇心旺盛なメットンは、小さなころからこうして木に登るのが得意なコットだった。高所を苦手とする自分たちのなかでは、貴重な存在である。そんなメットンが、いかにもしっとりと濡れているキワンに手をかけているのが見える。
暫くして、そろそろ動こうかと目を開けたナコットは話し声を聞いた。メットンと、だれか……いや、メットンの声しか聞こえない。誰かと話をしているのは明らかなのに、相手の声が聞こえない。
ナコットはぞくりとして、そのまま息を殺して「会話」を聞いていた。
「……………から…………ナコ……いっしょ……じぶ……」
「……………そう………もうすこし……すん……にいく……はんち…………」
「……また…………あね……」
どうしても、子細まで聞き取れない。メットンの言葉の節々が微かに聞こえてくるだけで、話をしているであろう抑揚を伴っていることくらいしかわからないのだ。耳を澄ましていると、声が止む。
静かな森に、キワンを剥ぐ音が聞こえてきた。しかし、会話相手が立ち去るような音も聞こえない。まだいるのか。いないのか。何が起きている?
そう混乱しているナコットの、頭の横でかさりという音がして、思わず跳ね起きた。
——しかしそこには、何もいない。
なぜ、と思い冷や汗をかきながら、何かが通ったであろうその場所を見つめることしかできなかった。
「ナコット。どうしたの? 悪い夢でも見た? 」
「………………そうだったのかも……」
「? ナコット? 様子が変だぞ」
ゆっくり後ろを振り返ると、キワンの端を持ったまま不思議そうにしてこちらをみるメットンがいた。
「メットン……」
「ん、なぁに? 」
「今まで、誰かと話していたか? 」
「…………ううん? 誰と話すっていうのさ。こんな森の中で」
「そっか……それも、そうだよな。ああ、変な、本当に変な夢を見た。さて、手伝うよ、メットン」
「じゃあナコット、キミン拾ってー。その辺りにいっぱいあるからさ」
そういうメットンは、いつもと変わらない表情をしていた。なんだったんだろうか。本当に夢だったんだろうか。
かろうじて聞き取れた、「スンヤにいく」という言葉はなんだったのだろう。
しかしメットンはまだ体が変わって、二十年目だ。あと三十年も、サイクルには時間の余裕がある。
結局なにもかもがまとまらないまま、籠一杯にキミンを放り込み終えたのだった。
「ナコット、ごめんね。無理させた? 」
「いいや。大丈夫だ。おかげでしっかり目が覚めたよ。」
それにしても、ほんとに雨のあとはキワンを剥ぎやすいしキミンも垂れ下がっていて取りやすかったな! そういうと、メットンは
「ナコット」
「うん? 」
「…………」
「どうした? なんかあったか?」
「……ううん、ごめん。なんでもないよ」
呼んでみただけ! そう言って笑ったのだった。
そして、その翌日。——メットンは、スンヤへいってしまったのだ。そうして代わりに現れた新しいメットンは、全ての記憶を手放していて……。
〇
「でも、やっぱりメットンはメットンだったんだなぁ」
ナコットは、メットンがよくしていたキワンのなめし作業をしながら、ぽつり虚空に向かってつぶやいた。
あんなにびくびくして臆病になったメットン。別のコットとして扱えるかと思いきや、前のメットンのようなことを言いだしたりする。今だって、無理を通して無謀な旅に行ってしまった。
はあ、とため息をついて手を止める。
「メットン、おまえ何をしようとしているんだ……? 」
その問いに答えるものは誰もいない。放たれた言葉は空しく宙に消えていった。
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