第4話 コンネの里へ
メットンは黙々と斜面を登る。キワンが肩に背中にずっしりと重くのしかかるのを感じながら、それでも立ち止まらずに歩いてゆく。
コンネの里はこの斜面険しい山の上にあり、ひっそり森に隠れるようにしてある村だった。山裾にありなだらかな地形にあるコットの村から向かうと当然、相当の労力がいる。
そんなわけで、メットンはぜえぜえと息を切らしながらもしっかと地面を踏みしめて登山しているのだった。
「うう……重い……肩痛い……」
村を出るときにプットンから、
「何もかも新しくなってしまったお前は新しい希望で満ちておる。さあお行き、愛すべき新しきメットン」
という激励をもらい、その言葉でなんとか挫けずにここまでやってくることができたのだが……そろそろ一旦、ここが限界かもしれない。ぐらぐらとふらつく足元に、不安がよぎる。転げ落ちればこの斜面を、底までまっしぐらに転げ落ちてしまうことだろう。
——少し、休憩をしよう。
木々の少し開けた場所を見つけて、キワンのはいった籠を下ろし地面に座る。
水を飲み、数粒キミンをかじって周りを見渡す。
「……ここは、村とは全く違う種類の木ばかりなんだなぁ」
コンネの里に近づくにつれ、木々は高く、キワンは厚く固くなっていった。
そのおかげで木の肌に触れていた手のひらは、いつしかぼろぼろになっていた。村のまわりに生えている、あのしなやかなキワンを纏った木々が恋しい。
やけに大きく響く川の音を聞きながら、ぱりぽりとキミンをかじっていた。
そろそろ出発しないと、着くころには日が暮れてしまう。そう思い、なんとか旅支度を整えたその時。
がさっ
「……⁉ 」
思わず身を低く伏せる。ここはコンネの里とコットの村、その中間地点だ。誰かがいるとは考えにくい。——ともすれば、トコント。それしか考えられない。
プットンやナコットが言っていたのだ。
「里と村の間にはまだ名も知らぬトコントたちがたくさんおる。なかには我らコットやコンネを食らおうとするものもな。彼らは硬い毛におおわれ、力強く素早く動く。われらコットが倒せるものではないぞ。もし遭遇してしまったら、見つからぬよう身を低くしなさい」
その語るプットンの表情は真面目そのもので、なんと恐ろしいものかと感じたものだ。そしていま、その山のトコントがすぐそばに来て——
がさがさっ
「! 」
もう、すぐそこだ。できるだけ小さく、小さく!
ぎゅう、と体を抱きかかえて丸まっていると、
「コット? 」
そう凛とした声が降ってきた。
「へ? う、うわぁっ」
「なぁんだ、コットじゃんか。なんでこんなとこに……って、ああ、キワンか。いつもありがとう」
腕を引っ張られて上体を起こす。その相手の頭には、ふさふさと地面と同じ色をした毛の生えた大きな耳。頬には、両方にそれぞれ三本のひげ。……これが。
「コンネ……? 」
「そうだよ。うん? よく見ればメットンそっくりじゃん。名前はなんていうんだ」
「…………」
ぽかんとして見上げてくるメットンに、コンネはいぶかし気にみつめる。
「どうした? なにかおかしなものでもあったか」
「…………どうして自分の名前、知っているんですか」
「へ? ……いや、メットン? メットンなのか? 」
今度は腕から肩へと手を移動させ、がっしと掴まれる。なにやら怒っているような表情に、メットンは恐怖を抱いた。
——たしか、コンネは穏やかな人たちばかりって聞いていた気がするのだけど。
混乱して怯えるメットンに、コンネは「あ、わるい」と言って手を放した。しかし目線は外さないまま、じぃっと見据えている。
「もう一度聞く。おまえは、メットンなのか? 」
「は、はい。自分はメットンといいます」
「ワタシのことわかるか」
「ワタシ? 」
「あー、メットンの言う自分、っていうのとおんなじ意味」
「へぇー……。でも、あなたのことはわからないです。コンネに会うの、はじめて」
そういうとコンネは愕然とした様子で、目を見開いて
「うそだろ……」
と、ぽつり言葉をこぼした。
コンネへの使いは、五歳になったコットが行く習わしだ。しかし丁度その年にあたるコットがいない場合、大人が出向くこともある。
——何を思ってか、前のメットンはよくその遣いに行っていたらしい。
ナコットがそう言っていたのを思い出し、コンネへ
「前の自分と見知っていたのですか」
と聞いた。それにコンネは、こくりと頷いて深いため息をついた。
「そっか。そういうこともあってもおかしくない……のかな」
「だいじょうぶ、ですか? 」
思わず手が頬にのびる。あっ、ひげ、と思った時にはもう遅く、ふんわりとコンネの頬に右手が柔らかく当たっていた。……ナコットたちのせいだ。コットはみんなこれを自分にするから。
そんな言い訳を考えながら、慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごごごごめんなさい! おひげ、大丈夫ですかっ」
「……ぁー……なんていうか」
「へ? 」
「かわんないなぁ、メットンは——……前のメットンも、ひげんとこ触んなっつったのにあいつ全く覚えずに触りやがった」
「へ」
「次また忘れて触ったらその腕捻り上げるからな」
「ご、ごめんなさい! 」
まあしょうがない。ワタシはジンナっていうんだ、よろしくな新しいメットン。そう言って差し出された手を握り返し、思う。
前のメットン。似ていないとも、似ているとも言われる前のメットン。
それは、どんなコットだったんだろうか。
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