第3話 プットン

「メットン、ようきたな」

「はっ、はい、プットン。遅くなってごめんなさい」


ナコットと話した翌朝、メットンはまたもやナコットによって揺すり起こされたのだった。眠たく重い瞼をこすって、メットンは言う。


「んえ……? なぁにナコット……自分は眠いんだ……もうちょっと眠らせて……」

「馬鹿言ってる場合か、とにかく起きろ! おまえプットンから呼ばれてるぞ! 」

「………………」

「メットン? 」

「ぐぅ」


その後がっしがっしと濡らしたキワンで顔を拭かれ、ようやくまどろみから覚めることができたのだった。

それはもう、時間がかかった。水浴びをして、数粒のキミンを食べて、ようやくプットンに面会したというわけだ。しかし、さんざん待ったであろうプットンは気分を害した様子もなく、にこにことメットンを見つめるばかり。

不思議に思いながら、メットンはプットンを見つめる。


「いやはや、メットン。お主ももう五歳をむかえた。そこで、このプットンから一つ頼みごとをしてもよいかの」

「頼みごと……? 」

「そうだ。お主も知っているかもしれんな。——コンネの里へ行ってほしいのだ」

「こ、コンネたちの里へ。それって遣いですか」

「そうだ、この村の五歳をむかえたものへの儀式。それをぜひともやってもらいたい。丁度今日でコンネたちに渡すキワンができあがるところだ。それをもって、友好を示してきてもらいたい。そしてその道中、この地の様子を見てまわってきてもらいたいのだ」

「…………でも、」

「でも? 」


メットンは不安な心の内をなんとか整理つけながら、口をひらく。


「自分は、知識もみんなほど持っていないし、五歳で乗り切れるかどうか……自分は臆病だし、非力で、きちんとできるか」

「メットン」


プットンは強い口調でメットンの言葉を遮る。それにびくりと肩を跳ねさせたメットンは、恐る恐るプットンを見上げる。

プットンは一段あがった座敷からゆっくり下りてくるところだった。なにごとかと見守っていると、プットンは優しくメットンの手を包み、語っていう。


「お主は臆病ではない。非力でもない。途中でものごとを投げ出すような子でもない。それを自分、プットンは承知しておる。……そうあなたがあなたを貶めるような真似をしていてはいけん。そうしているとあなたはあなた自身によって歪められる。それだけはあってはいかん。あなたそのものを受け止めていかなくてはならないよ。わかるかい」

「…………はい」

「良い子だ。大丈夫、あなたにはトコントが付いて行ってくれるだろう。この地のトコントは、きっとあなたを見捨てはしまい」

「なぜ、そう? 」

「ふっふっふ、プットンめの勘と、この世の理とがそう言っておる。」


そうにっこりと笑みをつくったプットンは、メットンを手招きし、「おいで、昔語りをして進ぜよう」と言う。


メットンは座敷のひざ元、一段下がったところに腰を下ろして座ったが、プットンはなお手招きし、膝をたたく。メットンは何度か「膝に? 」「ほんとに? 」「膝に? 」と入念に確認したのちその膝の上にちょこんと腰かけた。


プットンは隣にひかえたコットから渡されたキワンを受け取り、巻かれたそれを開きながら語る。トコントのこと。この世界にあるものすべてに意味はあり、無駄なものは作られていないこと。メットンの今までの行いと、誇っていい数々のふるまいを。


その日の夕刻、陽が傾き世界が橙色に染め上げられるまで、そうしてふたり、昔語りをしてすごした。

プットンの館を去ると、すぐそばにナコットが佇んでいた。


「ナコット! 」

「メットン。もしかして、コンネのところへ? 」

「うん。明日日が昇ったら出発するよ」

「なんだ、やけに乗り気だな」


きっと自信が無いとかいってうじうじしているかと思った、とナコットは言う。

メットンはナコットの手を握り繋いで、


「自分は自分でいていい、無駄じゃない。自分を知るためにでかけると思えばいい」

「なんだそれ。プットンが言ったのか? 」

「うん。自分も自分に自信を持っていいんだって教えてくれていたの」

「そんなこと、当たり前だ。お前はもっと自信家でいていいんだ。無駄なものはないことも当たり前だ」

「ナコットは自信家だね」

「あー……これは前のメットンの受け売りなんだがなぁ」


そうこう話しているうちにもうメットンの家へ着くころだった。ふと胸をついてなにか感情が湧き上がってくるのを感じ、メットンはぎゅうと手を強くにぎる。ナコットも、承知していたかのように握り返してくる。


「ねえナコット」

「なんだ? メットン」

「しばらくナコットに会えないと思うと、なんだか変な気持ちだな」

「そうさなぁ。自分も、メットンに会わない日ができるなんておかしな感じだ」


なんとなく離れがたく、手が離せない。ふと、家の中にキミンがあることを思い出した。

たしか、沢山あったはず。明日持って行く分を考えても、十分な量が。


「ねえナコット」

「ん? 」

「……あのさ。自分はコンネのこと、知らないから。教えてくれない? 」

「……仕方ないな。そんなら、自分が五歳のときに行った時のことを教えてやろう。とはいっても随分昔だから、あいまいだが——」

「それでもいいよ。ね、ね、どういうものなの、コンネって」

「まてまて、家に入って落ち着いて話そう。キミンでもかじりながらゆっくり話してやる」

「やったぁ」


その日はナコットがメットンに遅くまでコンネたちのことや道中について話し、そのままふたりで眠った。出立は明日はやく。ただの使いではない、メットンの冒険が始まる。

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