第2話 前のメットン

 その日の夜、あちらこちらの家で寝息がすうすうと響くころ。メットンは翌日必要なものをそろえて、寝床へ入ろうというところだった。


その時、控えめに叩かれるドアに気が付いて、そうっと扉を開ける。誰が、一体なんのようだろうか。なにか、約束していたろうか。メットンはいぶかしがりながらも、訪問客を見上げる。そこには。


「……ナコット! 」

「あっ! シーッ! もうこんな時間だぜ、……って突然来ておいてこの言い草もなんだかな。今、ちょっといいか? 」

「うん、もちろん。だいじょうぶだよ」

「よし。そんじゃあ、手土産にもってきたキミンでもつまみながら話すとしようか」


そう言ってナコットは手元のキワン(木の皮)でできた袋を掲げる。中にはずっしりと、たくさんのキミン(木の実)が入っているようで、重たそうだ。


「話す? なにかあったの? 」


ふたりの間に特に約束はなかったはずだ。今日とて、朝話したきり。その後は自分の家で、採ってきたキワンをひとりで柔らかくなめす作業をしていたのだった。


なにか忘れてしまっていただろうかと記憶をさぐるメットンに、ナコットは目元を和らげて言う。


「なぁに、朝の話の続きだ。前のメットンについて、少し話してやらにゃならんな、って思ったまでさ」

「……! ありがとう、ナコット」

「どういたしまして」


ナコットを家の中へ案内し、向かい合って座る。飲み物を用意して、ナコットの持ってきてくれたキミンを受け葉の上に広げる。その小ぶりな実をかじって、ナコットは語った。


「前のメットンはな、それはそれは好奇心旺盛なやつだったよ。なんにでも興味をもって、自分とは、まるで違うものの見かたをするやつだった。

正直、かなわねぇって思っていたし、実際そうだった。メットンはどっからか知識をたくさん仕入れてきて、それを自分たちに教えてくれた。このコットの村にも村長のプットンがいるけど、プットンと同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上になんでも知っていて皆からの信頼も厚かった。

……だからなのかねぇ。前のメットンがスンヤの世界に逝っちまったのは。ひとりが力を持ちすぎた、そうトコントが判断したのかもしれねぇ」


寂し気に語るナコットに胸がぎゅうと縮まって、メットンはあわてて言う。


「トコントが、そんなたったひとりのコットにまで気をくばるものかな」

「そればっかりはトコントのみぞ知るってやつだなぁ。……ほんと、どこから知識をもってきていたのか。あいつにしかわからないことだった。全っ然話してくれねえんだもんよ」

「……それでいうと、もしかしてトコントから知識を教えてもらっていたとかいうことはない? 」

「トコントだぞ? それこそコットが目をかけてもらえるわけもない。きっと本当に、命のサイクルが終わったんだろうよ」


トコントというのはこの世界のすべてを知り調節するといわれている存在だ。この地のトコントや地下——スンヤのトコントなどがいる。メットンには、そうした存在に「メットン」が接触していたとは考えられなかった。

そうすると、やはりナコットの言うように命のサイクルを終えたのだろうが……。


「納得いかねぇって顔してんな、メットン」

「うん。自分たちは、途中でスンヤに召されない限り五十年きっかりで体が入れ替わる。そんなきっちりしたサイクルのもと循環しているなら、命のサイクルそのものだってみんなおんなじはずだろ。なのに、なんでコットの中で最初なのが自分なんだ? なにかおかしい。それでいえばプットンが一番最初だっていうほうが納得できる」


「そうさなぁ」

「それに、自分がメットンになってから五年。その間サイクルを終えたコットはいないじゃないか。もしサイクルを終えて消えたのであれば、最低でも五年以上次に誕生したコットと年月の開きがある事になるだろ? それも納得しがたい」

「なるほど……。となると、やっぱりメットンはトコントの怒りにでも触れたのかねぇ」

「トコントの……? 」


どういうことかとメットンは首をかしげた。前のメットンは五十年のサイクルを終えてスンヤに逝ったのではなかったか。

ナコットは苦笑いして言った。


「前のメットンはな……あー、その、今まで言っていなかったんだが。その。……たった二十年でスンヤへ逝っちまったんだよ。前触れも無しに、コトンとな」

「……! 」


前のメットンは命のサイクルを終えていない?

始めて耳にするその情報に、くらりと目が回る心地がした。


「お、おい、大丈夫かメットン」

「…………ナコットは、どう思っているの? 」

「……それは、メットンがトコントのもとへ行った理由についてか。それとも途中でサイクルが途切れて、お前になったことか」

「どっちも」

「いっぺんに答えられやしないさ。でも、まあ。一つ言うのであれば、メットン……前のメットンは、恨まれるようなことをする奴でもないし、トコントの怒りを買うような奴でもなかった、っていうことだな」

「……そっか」

「おう。……っと、もうキミンが無くなっちまった。お開きの時間だな」

「ナコット」

「また、いつか話してやるから。な? 今日はもう寝よう」

「うん……ありがとね、ナコット」

「いいってことさ。……いままで話せなくて悪かったな」

「ナコットは悪くないよ」

「そうかい。優しいなお前さんは。……それじゃあ、おやすみ。幼いメットン」

「おやすみなさい。優しいナコット」


そうして別れてからも、前のメットンのことが頭をちらついて寝付けやしない。どうしてひとり、サイクルの途中で消えたのか。前の自分に、なにがあったのか。


自分がこのままの自分でいていいとは、とうてい思えない。


こういう自分になった理由を探さなければならないと思うのだが、同時に探してはいけないとも思う。メットンは相反する感情に揺さぶられる。気持ちがさざ波だって、上手く寝付くことができなかった。


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