第5話 ジンナとメットン

ジンナに手を引かれてなんとか登り切った道の先に広がっていたのは、みたこともない光景。木々の洞を利用した家々から、コンネが行き来して仕事をしているようだ。そしてその家々は板でつないである——そう、空中を繋いでできているが、まぎれもない里だった。


「ジンナ! おかえり」

「うん、ただいまー! 」


ジンナとそのコンネは親し気に手をふって会話をしている。

地上と木の上の洞と、この距離で話をするのは日常的にしているようだ。とにかく、声量が凄い。


「これが、コンネ——……」

「そ。びっくりした? 」


無言でこくこくと頷いていると、ジンナは微笑んで言う。


「今ワタシたちの村長、ハンチは体調悪いし、夕暮れでみんな忙しいからさ。ハンチの代わりにワタシが手続きするよ。これでも信頼してもらえているから、安心して」

「え、でも、ハンチ、さんに一目あわないといけないんじゃ……」


プットンからは村長に挨拶申し上げて手続きしてくるよう言われていたのだ。メットンはそれでいいのだろうかという気持ちと何かあったらという不安とでいっぱいになっていた。


「だいじょうぶ。ワタシがメットンを探しに行ったのだって、ハンチの手配だし」

「そ、そうなの? 迎えに来てくれていたの? 」

「うん。よく見ないとコットだってわかんなくてごめんね」


ワタシ、前のメットンしか知らなかったから。こんなちっちゃいコット、初めて。そう言うジンナは、少し遠くの洞を見て言う。きっと、あそこに村長、ハンチがいるのだろう。

メットンは、気持ちを決めた。メットンをメットンと呼んだジンナなら、大丈夫だろう。プットンに叱られたら、ハンチが臥せっていたのでと素直に言えばいい。


「ねえジンナ」

「なぁにメットン」

「これからよろしくね」

「うん」

「ハンチさんには後でおだいじにって伝えて欲しいな。任されたものは、ジンナに預けるよ」

「そっか。ありがと」


それからジンナの案内で大き目の洞へ登る。メットンはそんなに高いところに上ることなんてしたことが無く、情けなく思いつつも途中で足が震えてしまった。それを見かねて、ジンナはやはり手を差し伸べて助けてくれたのだった。


コンネは、やっぱり優しい人たちなのだ——


そう思いジンナを見つめていると、


「なんだよぅ。ワタシになにか付いてる? 草の葉とかかな」

「あっ、ううん、なんでもないっ、頼もしいなって思っただけ! 」


そう言うとジンナは嬉しそうに、にっこりと笑うのだった。

高い場所にある洞に辿り着き、重いキワンを置く。ふう、と一息ついたところに、ジンナは洞の奥の方から籠一杯のキミンを持ってきてくれた。


「ほら、これが交換するキミン。量を確認してな。キワンも確認させてもらうから」

「う、うん、わかった」


メットンは軽く籠を揺さぶり量の見分をした。——これくらいあれば、だいじょうぶ。籠から出るか出ないかくらいの量だと、プットンは言っていた。キミンも、表面がつるつるしていて美味しそうだ。


新鮮なキミンは、木の高いところについている。コットたちはせいぜい低い木に生っているものを採る程度で、あとは熟して落ちたキミンを拾い集めるくらいだった。

一方コンネたちは身が軽く、どんなに高いところにも怖気づかずに登っていける種族だ。そのためこの洞だって随分高いところにあるし、キミンだって新鮮でつやのある良いものをむしり取ってくることができるのだ。


代わりに、コンネたちのところのキワンはぶ厚く固いもので、はぎとるのは困難だ。そこで、コットたちは柔らかい木々からキワンを剥ぎ、それをなめしてコンネへ渡し、コンネは良いキミンを取って集めて、キワンを貰うというやりとりが続いているのだった。


「ん、よくこれだけのキワンを持ってきてくれた。ありがとう。キミンはどう? 」

「う、うん、十分。ありがと。皆喜ぶよ」

「はは、そうかそうか! それならいい。そうだ、今日はこの里に泊っていくんだろ」

「うん」


するとジンナはにんまり笑って、


「ウチ来なよ。この洞からすぐそこに見えるところだ。今のメットンの話をききたい」

「うん、ありがとうジンナ。一晩よろしく」


という。

再び足を震わせながらジンナの洞へとお邪魔するメットンだった。ジンナに呆れられたが、こんな高い場所を手すりが付いているとはいえ木材一本渡してあるだけとは、地上でしか暮らしたことのないメットンには恐怖でしかない。


その晩は遅くまで今のメットンのことを話した。ジンナはナコットのことも、プットンのこともよく知っており、つい「知り合いなの? 」などと聞いてしまった。案の定「前のプットンがペラペラしゃべっていったんだよ」との返答が返ってきたわけだが。


ジンナに前のメットンのことを聞きたいとも思ったが、それはやめておいた。「今のメットンの話を」とわざわざ言うほどなのだ。それに応えねばなるまい。

ジンナとふたり気が済むまで話し、空の紺青色に見とれた。普段木々の根元の家で眠るコットたちには縁遠い景色だ。

物珍しそうに見るメットンに、ジンナはいろいろと説明をしてくれる。


この色は高い場所から出ないと見られない、澄んだ色であること。その日の気候に左右されるが、今日はいっとう綺麗な色をしていること。気温もちょうどよく、良い時に来たなといって貰えた。

メットンは、そよぐ風に捲かれながらようやく「ここに来れてよかった」そう、思うのだった。


陽が昇り、暖かく世界を包み込んだころ。メットンは、コンネたちに見送られて里を出た。みんなわざわざ地上まで降りて来てくれて、盛大な見送りだ。なぜかキミンのほかにお守りだという、腕に巻く装飾具も貰い、準備は万端だった。


「それじゃあ、また! ジンナ、ありがとう! 」

「おーう、気を付けて帰るんだぞ! 元気で! 」


燦燦と日の降り注ぐなか、思いっきりジンナへ手を振って、キミンをしっかり背負った。

さあ、これから村へ帰ろう。そうしたら、プットンへあのことを持ち掛けてみよう——

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