14 なんで私が
後日、七條学園グラウンドから少し離れた河川敷。そこでは、必死に打球に食らいつく球児たちと、何度もバットを振り続ける1人の老人の姿があった。空は既に、暗い水色に変わっている。
「これ!もっと腰を落とさんか!日比野!送球までちゃんとせい!」
グラウンドの傍で、投球練習をしている葵と谷津だが、その視線は元気に叫ぶ竹山監督に意識せずとも向いてしまう。
「……監督、あんな大声出せたんだ。」
「いいからお前は投げ込みに集中しろ。あの変化球、ものにできたのか?」
葵には、密かに練習している変化球があった。一軍との試合までに習得しようと、投げ込みを続けていたのだが。
「うーん、まだいまいち掴めないんだよなあ。なんかこう、もっといい投げ方があると思うんだけど。」
なかなか感覚を掴めない葵。それなら仕方ないと、谷津は外野の後方でひたすら走り込みをしている渚を呼び出した。
「こいつに変化球を教えてやってくれないか。実際にお前の球を見たら、何か掴めるかと思ってな。」
「何で私がこいつに教えなきゃいけないのよ。で、なんの球種の練習してんの?」
「スライダー。」
葵が練習しているスライダーとは、バッターの手元でやや下向きに、横滑りするように変化する球種。比較的習得が簡単とされるため、この球種を投げるピッチャーは数多く存在する。葵のように右利きのピッチャーが投げると、左の方向に曲がっていく。
「アンタね、スライダーくらい、すぐに投げられるようになってよ。ほんと不器用なんだから。」
「……お前、投げられないやつに怒られるぞ。」
渚は呆れたような態度で、ボールを受け取った。葵にちゃんとした手本を示すようだ。乗り気ではなさそうだが、協力する姿勢を見せている。
「じゃ、いくわよ。」
葵は渚のフォームをじっくりと見た。渚が本気で投げる姿を見るのはいつぶりだろうか。葵の視界には、依然として変わらない、幼い時に葵が憧れた投球フォームが映った。
ストレートを投げる時と同じ勢いで腕を振り、手首を使わず人差し指と中指でボールの右側を擦りながらリリースする。指先から離れ、スピードに乗ったボールは、打者の手元に近づくと大きな円を描くように滑り落ちる。これが渚のスライダーだ。
「はい。ポイントはあまり手首を捻らないことね。こんくらいアンタでもできるでしょ?」
谷津が葵にボールを投げる。次は葵の番だ。見よう見まねで渚と同じように投げてみる。
すると、渚の手本を見る前とは違い、今度はストレートとほとんど同じ球速で急激に曲がる。
「お?」
その後何球か投げ続け、思い通りに変化させることができ、満足げな表情をする葵だが、渚には少し不満があるようだ。
(私のより曲がってるし……)
そして、その不満をぶちまけるかのようにこう言った。
「もう、できるなら最初からやってよ!」
騒がしいブルペンの向こうでは、相変わらず竹山監督の厳しいノックが続いている、
「試合まであと1週間!ついにワシらの下克上じゃ!」
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